August 31, 2006

リース会計問題の早期解決を(その2)

   そもそも、リース取引は、なぜこれほど多くの上場企業において利用されているのでしょうか。私が考えるに、利用者にとってのリース取引のメリットとは以下のようなものではないかと考えています。
? 資産を取得する場合に比べて初期投資額を抑えることができる。
? 固定資産の法定耐用年数より、リース契約期間を短く設定することにより、資産を取得する場合に比べて損金処理を早く行うことができ、節税になる。
? 実質的に借入金で資産を取得して利用する場合と経済的実態は同じであっても、貸借対照表にリース資産・負債を計上することを避けること(オフバランス化)ができる。

   ただ、前回の記事で指摘したとおり、?は、日本特有のおかしな事象ではありますが、少なくともプロの投資家や債権者は貸借対照表本表だけを見て投融資を決定することはなく、注記情報は当然見ています。従って、例えば、日本航空の財務状況がリース注記情報を加味するとかなり悪いということは、当然に承知の上でプロ投資家、債権者は投融資を実行しています。このことを考慮すると、まともな会社であれば、リース契約のオフバランス効果のみに着目して、取得よりリースを選好することはありえませんし、リース会計基準の変更でリース資産・負債のオンバランス化が義務付けられたからといって、夕刊フジに記載されているような株価暴落による大混乱などが起こるはずがないと私は思っています。

   それでは、なぜ、リース会社がこれほどまでにリース会計基準の変更に反発しているのでしょうか。私は、その理由が、?のリースの節税効果が実質的に使えなくなることにあると思っています。

   そもそもユーザーにとって、本来のリース契約のニーズは?の理由にあるはずです。すなわち、資金繰りにそれほど余裕のない会社が、金額の大きな設備投資を割賦払いのような形で行うことができるというものです。この一時的な資金の負担をリース会社に肩代わりしてもらうからこそ、借入利息相当額を上回るかもしれないリース料を支払うことにメリットがあるわけです。このメリットを享受している企業にとっては、背に腹は変えられないわけで、リース会計基準が変更になるからといって、新規契約を取りやめることなどはできないわけです。

   これに対して、?の効果に着目してリース契約を選好している企業は、リース会計基準の見直しによって、新規契約の見直しを図る可能性はおおいにあります。

   現行の法人税法上、ファイナンス・リース契約の当初リース期間は、当該リース資産の法定耐用年数の70%以下(耐用年数が10年以上の場合は60%以下)の期間にしてはいけないという規定があります。これは、リース資産の契約期間を意図的に短くして、リース料を増加させることで、当該資産を取得して法定耐用年数で減価償却をする場合より、早く損金化して節税を図ろうという脱法行為を防止するためのものです。しかしながら、裏を返せば、70%(60%)までの期間短縮は認められるわけで、実際にこの節税効果をフルに活用している高収益企業も多いわけです。例えば、耐用年数10年以上の巨額の設備投資をリースで行うとなると、この40%の耐用年数短縮による節税効果(期間トータルで支払う税金は一緒ですが、損金化を早くして課税を繰り延べることも通常節税と言います。)は極めて大きくなります。
   リース会計基準が改正されて、ファイナンス・リースのオンバランス化が強制されることになると、現行の法人税法上は、各企業は、リース物件を固定資産として計上し、法定耐用年数をもとに算定される減価償却費相当額の損金化しかできなくなると考えられます。その結果、リース契約による節税メリットはほぼ消滅することになるため、リース契約の節税効果に着目していた企業ほど、リースを選好するインセンティブはなくなります。これが、リース会社の契約獲得活動にとって大問題なのだと思われます。

   リース会社にしてみれば、?の理由で必然的にリースを必要としている企業は、金利を高く設定するとしても、貸倒リスクも高いといえます。これに比べ、節税効果を活用したいような高収益企業とのリース契約は、たとえ金利が安く設定させられたとしても、ほぼノーリスクで手数料を稼げるのは魅力的です。この魅力的な顧客が減少することは、耐え難いため、「リース会計基準の改正は企業の設備投資意欲を低下させる可能性があるため、経済活性化にとってマイナスだ!」とか、「リース会計基準の変更に合わせた法人税法の改正が不可欠だ!」といった趣旨のことを発言されているのだろうと思います。

   もともと節税メリットという「国の補助金」のようなものを積極的に援用してアピールするサービスの販売戦略は、他業種企業との競争を考えた場合、課税の公平性を欠くような事態になりかねないため、私はあまり望ましくないものと考えます。だとすると、今回の会計基準の改正に伴い、リース契約の節税メリットが消えることは、むしろ経済全体にとってフェアな状態に移行するので、歓迎すべきことなのかもしれません。
   日頃、規制緩和を推し進め、フェアな経済社会への移行を積極的に支援している宮内会長あたりに、ぜひ、「リース会計基準の改正は当然行うべき」という趣旨のオトナの発言をしていただければと思う今日この頃です。


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August 27, 2006

リース会計問題の早期解決を(その1)

  探検隊1995さんが、リース会計の問題について、「多くの過剰債務企業が危機的状況に陥るのではないか」とあの「夕刊フジ」にまで掲載されていることをレポートしてくれています。
 
  それでは、まず、現行の日本のリース会計基準の問題点について、私なりに簡単に解説します。なお、以下では、リース取引のユーザー(リース物件の借り手側)に立って話を進めていきます。
 
 現行の会計基準上、リース取引は、大きく分けてまず、二つの種類に区分された上で、会計処理が定められています。

ファイナンス・リース取引
  ファイナンス・リース取引とは、リース契約に基づくリース期間の中途において当該契約を解除することができないリース取引又はこれに準ずるリース取引で、借手が、当該契約に基づき使用する物件(以下「リース物件」といいます。)からもたらされる経済的利益を実質的に享受することができ、かつ、当該リース物件の使用に伴って生じるコストを実質的に負担することとなるリース取引を言います。

オペレーティング・リース取引
オペレーティング・リース取引とはファイナンス・リース取引以外のリース取引を言います。

  ファイナンス・リース取引については、お金を第三者から借りてきて、そのお金を使って自社で固定資産を購入する取引と実質的に同様であるとして、売買処理(資金の借入返済・とリース物件の購入、減価償却を行う会計処理)を行うことが原則です。また、オペレーティング・リース取引については、通常の賃貸借処理(毎年、契約で定められた支払リース料を費用として処理する)を行うことが定められています。

  これで会計基準の記述が終わっていれば、何の問題もなかったわけですが、実際には、ファイナンス・リース取引については、例外規定が設けられています。
  ファイナンス・リース取引のうち、リース物件の所有権が借り手に移転していると認められないもの(いわゆる所有権移転外ファイナンス・リース取引)については、オペレーティング・リース同様の賃貸借取引による会計処理を認め、そのかわりに、売買処理をした場合に認識される情報の注記(リース物件の取得原価相当額、簿価相当額、減価償却費相当額、未経過リース料期末残高相当額、支払利息相当額など)を義務化しています。表向きは、多くの企業の「事務処理の簡便化に配慮する」ために例外規定を設けたことになっているようですが、実際にはリース業界の猛烈な反発により、賃貸借取引+注記という形に落ち着いたことは想像に難くありません。
  ファイナンス・リース取引のほとんどが、契約書上はリース会社に物件の所有権が存在する形になっていますので、「所有権移転外リース取引」として、賃貸借処理+注記の会計処理が行えることになります。このため、実際には、例外であるはずの賃貸借処理が、大半の上場企業で採用されています。ただ、注記するために、売買処理を行った場合に算定される数値(リース物件の取得原価相当額、簿価相当額、減価償却費相当額、未経過リース料期末残高相当額、支払利息相当額など)が必要となるため、ご丁寧に多くのリース会社が、自社リース物件に関するこの必要情報を自ら計算してユーザー企業に提供してくれています。

  この例外処理が認められていることで、この処理を採用している企業では、本来貸借対照表に計上されるべきリース資産とリース債務が計上されない(オフバランス化される)こととなるため、原則処理を採用している企業と比べて、貸借対照表のサイズが小さく見えますし、自己資本比率、総資産利益率(ROA)などの指標も良く見えます。また、リースの契約期間とリース物件の会社が定めた耐用年数が異なれば、同一企業においても、資産が取得されるかリースされるかによって毎期の費用計上額(減価償却費or支払リース料)が異なり、期間損益が歪められることになります。これらの論点が、投資家に誤解をもたらせる可能性があるため、問題だとされているわけです。

  ちなみに、米国会計基準では、1976年という早い段階で「リースの会計処理」(FAS13:Accounting for Leases)が定められており、日本基準(1993年制定)の言うファイナンス・リースに該当する取引は、Capital Leaseとして明確に定義され、売買処理が求められています。(もちろん、例外はありません)

  実務上、日米両国で上場している企業において、双方の基準に基づく2種類の財務諸表を作成している場合には、(通常は日本基準の財務諸表を作ってから、修正仕訳を入れて米国基準の財務諸表を作成します。)このリース会計の違いによる修正仕訳が、手間もかかってえらく大変だったりします。その理由は以下の通りです。

? 日本の財務諸表の開示ルールでは、リース契約総額が3百万円未満のリース契約は注記しなくて良いという規定があります。このため、特に3百万円未満のリース契約の状況に関してきちんと管理していない会社も多いですが、米国会計基準では、そのような記載はなく、細いリース契約も吸い上げなくてはいけなくなるので集計に手間がかかります。当然連結子会社全てです。
? また、毎年毎年、累積的に日米の財務諸表の数値が異なるので、その原因理由をタイムリーに整理記録しておかないと翌年の修正仕訳の一部が行えなくなります。

 このため、米国SECの規制を受けている企業の経理や監査の現場での実害も、それなりに大きいと思われます。最近では、NY証券取引所やNASDAQに上場する企業は、米国会計基準で作成された連結財務諸表に、若干日本の会計基準に基づく連結財務諸表で要求されている補足情報を加えることで、日本の会計基準に基づく連結財務諸表を一から作成することが免除されていますが、ご丁寧に売買処理されているリース取引の会計処理を賃貸借処理に戻している企業もあるようです。

(つづく)


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August 23, 2006

アクルーアルと業績悪化リスク

 前回紹介したKAPPAさんの著書「東大卒医師が教える科学的「株」投資術」以下著書とします)の中で、利益の「質」を測る要素のひとつとしてアクルーアルという概念が紹介されています。アクルーアルとは、発生主義会計の適用により計上される項目で、著書の中では、以下の式で定義されています。

企業利益=キャッシュフロー+アクルーアル

   つまり、アクルーアルとは企業利益のうちまだ現金化されていない部分のことであり、売掛金、未収入金、買掛金、未払金など、実際の現預金の入出がある前に発生主義で債権債務(とその裏返しである収益費用)を認識することにより発生します。

   実際にアクルーアルの金額は以下の式にて算定されるようです。

アクルーアル=
(流動資産の増減−現金及び現金同等物の増減)
−(流動負債の増減−税金未払額の増減)
−(減価償却費+割賦弁済額)


   シンプルに考えると運転資本(売上債権+在庫−仕入債務)の期中増減額に近い概念といえそうです。著書に記載のある実証研究によれば、

アクルーアル/総資産↑ ⇔ 当該銘柄のリターン↓

という負の相関があるようです。

   この話を読んだとき、まさに会計監査の着眼点と同じだと妙に納得しました。
   会計士による企業監査の現場においても、期末の財務諸表監査の段階では、まず、最初に分析的手続という勘定分析のようなものが行われます。
   分析的手続とは、具体的詳細はお伝えできませんが、前年同期での勘定残高比較、勘定間の比率比較、会計士が独自に予測した推定値との比較などを通じて、財務諸表間に大きな矛盾がないかどうかをざっくりと確かめる手続です。監査経験豊富な会計士によるこの手続を通じて、粉飾発見の糸口となるような矛盾点がないかどうかを期末監査の最初の段階で確認するのです。

   ここでいうアクルーアルの増大が見られると、経験ある会計士は、「決算で相当無理をしている可能性があり、粉飾リスクが高い(まさに利益の質が悪化している)」と判断します。例えば、アクルーアルに正のインパクトを与える売上債権の著しい増大が見られると、期末に売上が水増しされているリスクなどを想定し、期末日近辺の売上取引の実在性を確認するため、集中的にサンプル調査をしたりします。

   これまで、このような考え方は、会計監査の世界や、単純に決算書を読む際に役立つだけかと思っていましたが、よくよく考えてみると投資判断にも役立ちそうです。アクルーアルの増大は、自分の経験上も確かに今後の業績悪化を暗示する重要なファクターのひとつといえそうです。決算をお化粧しようとする会社が、典型的に行う手口などはいくつもありますが、その発見の糸口は、アクルーアルの増大にあったりもします。(他にも注意すべき兆候はたくさんありますが、またの機会に記載します。)

   最近では、企業を取り巻く経営環境、ビジネスリスク、会社の内部統制のレベルなどを相当に意識したメリハリのある会計監査が行われているため、会計士がリスクの高いと判断したエリアには、個別具体的に様々な監査手続が考案され、適用されています。
   ただ、この著書を読んだことで、少なくとも情報の限られた個人投資家にとっては、勘定分析を中心とした伝統的な分析的手続の重要性を改めて気づかせてくれたような気がしました。





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August 22, 2006

時を経ても内容が陳腐化しないであろう今年最高評価の投資本

  客観的なEvidenceに基づく機械的な銘柄選択を基本とする投資手法(Evidence-Based Investment:EBI) を推奨するKAPPAさんの著作「東大卒医師が教える科学的株投資術」を読了しました。多くの個人投資家のサイトで絶賛されていることが頷ける内容で、今のところ、私にとって今年の最優秀投資本だと思います。

  海外も含めた多くの先行研究を多彩な図表を用いながら紹介し、低PER、低PBR、低PCFR、低EV/EBITDAなどを基準とした割安株投資の有効性を丁寧に解説しています。
  ファイナンスの専門家にとっては既知の内容も多いのかもしれませんが、これだけの内容を初心者にもわかりやすい形で、しかも医師という職業の個人投資家が纏め上げられたことに衝撃を受けました。おそらく、本業が極めて多忙な中での執筆作業だったのだと思いますが、書籍を通じて間違いなく多くの日本の個人投資家に有益な情報を提供したと思います。「Evidenceは個人的な経験に勝る」という著者の信念が十二分に伝わってくる内容でした。

  多くの投資本と異なり、「個別銘柄」の投資に関する記載が一切なく、あくまで実証研究のデータの積上げとロジックによるわかりやすい解説で構成されている点も好感が持てます。はっきりいうと、ここに記載されている内容は、十年経っても陳腐化しない知識でしょうから、一家に一冊常備して、ゆくゆくは息子にも読ませたい書籍だと思いました。日本の投資環境の成熟化を促進するためにも、沢山売れて欲しいと思います。

  惜しむらくは本の装丁です。内容は極めて高品質なものなのですから、EBIという著者の造語を全面に押し出して、マッキンゼー社の「VALUATION」(ダイヤモンド社)のような品の良い装丁に仕上げてもらいたかったと思います。10年間保有することを想定した場合、平積みされることだけを意識した現在の安易な装丁はあまりに残念です。

  個人投資家必読のバイブル的書籍だと思います。著者のあとがきにある「ファンダメンタル分析をするなんて百年早い」という記述には、耳が痛いです。私も銘柄発掘の初期段階で、これまで以上にスクリーニングを積極的に活用しようと改めて思いました。





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August 20, 2006

中国の携帯電話市場の成長はどこまで続くのか

   夏休みをまったりと過ごしていた間に、保有株であるChina Mobile(CHL)の2006年上半期決算が発表されていました。以下、Yahoo Finance USAの記事より一部転載です。


   HONG KONG (MarketWatch) -- China Mobile Ltd.'s first-half net profit rose 26%, the world's largest cellular-service provider by customers served reported Thursday, as the company solidified its dominance in the mainland wireless market.

   Net profit was 30.2 billion yuan ($3.8 billion), compared to 24 billion yuan earned in the first half last year. The results were roughly in line with market expectations for China Mobile.Revenue rose 20% to 137.0 billion yuan, from 114.6 billion yuan. China Mobile also announced an ordinary interim dividend of HK$0.62 (8 cents) per share and a special interim dividend of HK$0.09 per share. Basic earnings per share came to 1.52 yuan, up 25% from a year earlier. In the first half of 2006, China Mobile gained 25.8 million new subscribers, pushing its total base to 274 million.


 配当も悪くない銘柄だったので、決算だけはチェックしつつ、もうかれこれ2年近く放置してきた私の中国株主力銘柄です。相変わらず順調に業績が拡大しており、増配も発表してくれたようなので、またしばらく放置です。今年に入ってから、株価も堅調で、大分私の日本株運用の痛みを癒してくれています。


 それにしても、ユーザー数が2億74百万人というのもまた、お化けみたいな数字です。さすがに世界最大のユーザー数を誇る携帯電話会社というだけのことはあります。


 ちなみに2006年上半期末の中国における携帯電話ユーザー数は4億26百万人となっており、残りのマーケットはChina Unicomという会社が握っています。ざっくり言うと、中国の全マーケットの2/3をChina Mobileが握っている計算になりますので、今後のChina Mobileの成長可能性は、携帯電話の普及可能台数と、データ通信サービスなどの付加サービスの伸びにより客単価がどれだけ伸びるかにかかっています。

 中国の人口は公表値で14億人程度らしいです。ただ、貧富の差が激しい国ですので、携帯電話の人口普及率が日本のように70%まで行くということはありえないでしょう。ざっくり40%程度と見積もると、5億6千万回線です。回線飽和は近づいているものと思われます。現に、会社発表のプレスリリースでも、沿海都市部は既にマーケットは飽和状態にあると伝えています。

 それから、データ通信は3Gサービスが始まるこれからが本番かもしれませんが、その前に3Gへの巨額の設備投資が必要になります。来年以降、この設備投資で利益も停滞するというのが大方のアナリストの見方です。

 マーケット全体の成長は、あと1〜2年で止まるでしょう。ただ、スイッチコストの高い準独占ビジネスなので、その後もインフラ銘柄として安定配当は続けてもらえるのではないかと思っています。どこかの段階で半分売却、半分ホールドかなと思っています。


 思えば、初めての中国上海出張で、携帯電話がすごい勢いで普及しているのを目の当たりにしたのが、この銘柄に注目するきっかけでした。最近ご無沙汰していますが、たまには海外に出かけるのも良いことだと改めて思います。



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