September 08, 2006

「英語屋さん」を礼賛するなかれ

   以下、8月29日付け朝日新聞より抜粋です。

  次期学習指導要領改訂に盛り込まれる予定の小学校の英語必修化について、文部科学省は29日、市民からの意見募集結果を公表した。総数471件のうち小学生への英語教育に積極的な意見は257件(54.6%)、消極的は189件(40.1%)、中間的は25件(5.3%)だった。

   次にある元同僚会計士(仮にAさんとします)の話を多少脚色して記載します。

   Aさんは、日系の監査法人で4年の実務経験を積んだ後、外資系のM&Aアドバイザリーを専門とするコンサルティング会社に転職し、外国語が堪能な上司Bさんの下で働いています。Bさんは、一流大学を卒業し、大手上場企業の香港駐在員の経験もあることから、英語の他、広東語も達者で、USCPA(米国公認会計士)の資格も有しています。ただし、会計・財務に関する実務経験はほとんどなく、駐在先でも現地子会社の一般的な管理と日本から来る重役の接待が主な業務内容であったとのことです。
   Bさんは、語学が堪能であることから、ボスである日本ローカル採用の外国人ディレクターに非常に気に入られていて、よく外国法人が小規模な日本企業を買収するための財務調査業務にかりだされ、プロジェクトマネージャーを務めているそうです。
   元同僚のAさん曰く、「Bさんの仕事の仕方で今まで事故がなかったのが不思議だ。」「できることならオレはあの人とは二度と仕事をしたくない。」とのことでした。Bさんの仕事の特徴は以下のとおりだそうです。
? 達者な語学を活用して、発注者である外資顧客とのミーティングやプレゼンは無難にこなすものの、日本における経理財務の実務経験、法令慣行などの知識が十分にないので、時々突拍子もないコメントや質問を発することがある。
? 財務調査業務に関してのスタッフ業務を十分に経験していないので、サービス提供者側としてスコープ(調査対象範囲)や調査手続を限定し、顧客の同意を得ることの重要性を理解しておらず、顧客受けを重視して現場スタッフの作業量を増やす要望にすぐに迎合してしまう。
? 品質管理が行き届いたサービスとは、自社が用意したレポート用の標準テンプレートを埋めることだと勘違いし、顧客ごとのカスタマイズがほとんどない。従って、作業指示が硬直的で、メリハリがない。
? 本人は、達者な語学力を駆使して顧客とのリレーションを維持しているのは自分であるとの自負があるが、顧客からは単なる「便利屋」として扱われているのは、スタッフの目から見ても明らかである。当然ながら、顧客とのタフなフィー交渉はできない。

   このような例は極端かもしれませんが、単なる語学だけが達者で語るべき内容を持ち合わせていない「英語屋」さんが、その巧みなコミュニケーション能力とピカピカの学歴などを駆使して外資系企業で君臨している様子は散見されます。一般企業のゼネラリストならそれでも語学が達者なだけ評価されるのかもしれませんが、我々のような士業の世界では、ペーパードライバーのような実務未経験の資格取得者は非常に扱いが難しいです。ご本人が謙虚にJuniorからキャリアを積んでいって頂ければよいのですが、なまじ語学が堪能だったりしますと、会計士業界では、それなりの希少価値がありますので、場合よってはそこそこ良いポジションで会社にもぐりこめたりします。いつか化けの皮ははがれるのかもしれませんが、それがいつになるのかわからないところが、本人にとっても会社にとっても恐怖です。

   上記のケースにおける最大の問題は、本質的なスキルの評価がまったくできない外国人ディレクターにあるわけですが、限られた情報の中で部下を選ばなくてはいけない上司としては、コミュニケーションに難がない人間をつい採用してしまう気持ちは理解できます。日本人の駐在員が現地子会社の従業員につい「日本語ができる」というだけの人間を採用してしまうのと一緒です。

   語学は「価値ある情報」を伝える手段であり、それ以上でもそれ以下でもないと私は思っています。もちろん「英語圏の国の中で、英語を母国語とする方達と競争して、確固たる地位に着ける日本人」を育成したいというのが日本国の人材育成方針だとするなら、小学生から英語を始めるべきですし、中途半端なものではなく、国語以外の全ての授業を英語で行うなど徹底的にやるべきだと思います。ただ「自国のアイデンティティを大切にしながら、世界に向かって価値ある情報を提供でき、きちんと外国人と交渉ができる日本人」を育成したいというのなら、今の中学生から始める英語教育でも十分であるように思えます。ただ、教育の手法は変えないといけないとは思います。最近、やたらヒヤリング力や会話力が重視されています。これはこれで重要だと思います。ただ、経験上、日常会話レベルのヒヤリング力、英会話力では、仕事ではまったく使えないのも事実ですし、どんなに語学が達者でも、言葉を発する本人の情報に価値がないと思えば、外国人は耳を貸しません。逆に、話す内容に彼らの「知りたい情報(例えば日本の商慣行や法規制など)」があれば、どんなに発音が悪くても彼らは質問攻めをしてきます。単に便利屋として外国人に使われるだけの日本人の育成をめざすわけではないならば、特定分野の専門知識と十分な実務経験を身につける方が語学よりも優先順位は高いと思います。

   日本人の語学力強化のために本当に重要なのは、小学校の英語教育や、モラトリアム学生の「なんちゃって留学、ワーキングホリデー」を支援することではなく、私を含めて、第一線で仕事をして、きちんと社会に付加価値を提供して収入を得、税金を納めている自負がある社会人の語学力向上を、国を挙げて支援することなのではないかと思います。それもろくな実務経験のない外国人と他愛のないよもやま話をするだけの英会話学校の費用を補助するなどというしょぼい施策ではなく、海外現地で働く機会を提供するとか、その間のある程度の所得保障を行うとかいったものです。たいした語学力のない私が言うのもなんですが、小学生からの英語教育は単なる「英語屋」さんを増殖させるだけのような気がします。

   かくいう私も、社会人になってから、必要に迫られ、多額の自己資金を英会話学校や英語専門学校に投下しましたが、とうとう仕事レベルの研ぎ澄まされた英語力はモノにならなかったクチです。


03:04:27 | cpainvestor | | TrackBacks