November 12, 2006

GABAのIPO分析総括

  
   株式会社GABAのIPOが興味深い(一部新しい?)点は、以下にあるといえます。

?創業者が公開前に「決して調子の悪くない会社」を売却し、創業者利得を得ていること。
これまで、調子の悪い会社をファンドが買い取って再生させてIPOさせるケースはありましたが、自力でも数年以内には十分IPOできそうなそれなりの規模の経営の調子の良い会社をファンドに全株買い取らせて、オーナーがキャピタルゲインをIPO前に手に入れたケースは、私が知る限り初めてかもしれません。

?MBO+IPOの合わせ業であること。
ファンドが、資金の出し手となり、まずMBOをしかけ、その後、投資のEXIT手段としてIPOを行うというのも、比較的新しい手法です。最近では、公開会社をMBOを使って非公開化し、何年か後に上場を目指すという手法が流行りだしてきています。再生案件はほぼ片付いてきたので、ファンドのこれからの開拓案件は、こういったものが主流になっていくのかもしれません。

まったく個人的な話で恐縮ですが、IPOとM&Aの両方のスキルがわかる会計士が、これらのファンドから今後、重宝がられるのではないかと読み、仕事の軸足をIPOからM&Aに移そうかと思っている今日この頃です。

?MBO後、実質2年ちょっとという期間で上場承認までこぎつけていること。
上場スケジュールは最短に近いと思います。かつて、YAHOOが上場した時に確か直前前期が半年、直前期が1年で「短いなあ・・・」と思いました。今回の案件はそれより早いわけです。おそらく、3期前も株式公開に必要なレベルの会計監査は受けていたのでしょう。

?ファンドが大株主であるため、公開後の安定株主が見当たらないこと。
最近のファンドのEXITIPO案件(新生銀行、東京スター銀行、パシフィックゴルフなど)では、どこにも共通する課題です。株式を「公開して緊張感を持って経営をしていく」のだから、「安定株主を確保するという発想自体がナンセンス」と正論で切り返すことはできるでしょうが、ファンドからの売りがいつまでたっても止まらないのは、経営者にとってはつらいことでしょう。

?発行済株式数に占める潜在株(ストックオプション)の比率が25%と高いこと。
これも、ファンドの保有比率が高い案件や子会社公開案件などに、特有かもしれません。経営陣がサラリーマンなので、そんなに多額の出資が公開前には行えないわけで、結局、割当者にとってノーリスクのストックオプションが多くなります。公開前後で株価は天と地ぐらい異なるのが普通ですから、割当者にとっては、とてもオイシイ話です。公開後に購入を検討している潜在的投資家の皆様にとっては、「買う気がそがれる」内容かとは思われます。

?特種株式や面白い行使条件のついた新株予約権を発行していること。
 大和証券とゴールドマンサックスにこの会社が発行している特種株式(A種株式)は、普通株よりも配当(金額は金利に応じて自動的に決定される)、残余財産分配が優先され、会社に取得価額+配当請求予定額での買取請求もできる権利を有する一方、普通株式への転換権や議決権がないというやや特別な株式です。このA種株式を引き受けた株主にとっては、普通株に転換できないので、IPOに伴うキャピタルゲインはとれないですが、通常のローンよりも高い金利がもらえ、一方で株式買取請求権も行使することができるので、出資者にとっては、ミドルリスク、ミドルリターンの投資であるといえるでしょう。
 何度も発行している新株予約権の中にも、面白い条件付けがなされているものがあります。割当時からのビジネスパフォーマンス(具体的にはIRRで計測することになっているようです)に応じて行使可能株数が変わっていく仕組みになっています。つまり、よりハイリターンのパフォーマンスをもたらした場合には、より多くの新株予約権を行使できるように設定されています。

?社内経営陣の主要なメンバーが海外MBAホルダーで占められていること。
役員の主要メンバーの3名は海外MBAホルダーです。ベンチャー企業としては、かなり学歴スペックの高い布陣です。このような顔ぶれは楽天の公開時以来かもしれません。もちろん、学歴が将来の成長を保証するわけではありませんが、機関投資家向けにはいいセールスポイントになるかもしれません。


   いろいろと書いてきましたが、このIPO案件を取り上げたのは、上記のようなIPOに関わる新しい話題を解説できると考えたからでした。お読みいただき、ありがとうございました。

   
   それにしても、私がまだ、いまだしっくりと理解できないのは、「いくら仕入がないとはいえ、このビジネスがなぜ、売上高営業利益率で20%も出せるほど儲かるのか」というところです。需要はあるのでしょうが、参入障壁も低そうですし、競合他社もかなり多いはずです。それに、講師と生徒の合意による「中抜き」(講師が直接、受講者に喫茶店や自宅などで英会話を教えてしまうこと)も非常にやりやすそうです。

   このビジネスに素人の私が想像の域で思いつくのは、以下のような差別化ポイントです。ただ、いずれの差別化ポイントもそれほど強力な競争優位性を保てるとは思えないものです。この英会話スクールに行ったこともなく、調べて書いたわけではないので、どなたか、受講者の方などが、この会社がなぜ競合他社と比べて儲かるのか、その「肝」の部分でも教えて頂けるとありがたいです。

○高い受講料による徹底した顧客の絞込みと「マンツーマン」というサービスの差別化。
○首都圏の通勤電車の中吊り広告など、明確なターゲットユーザー(キャリア系若手ビジネスマン、ビジネスウーマン)がいそうな場所をきっちりと抑えた巧みな広告宣伝。(キャッチコピーも結構面白かったりしますよね。)
○ターゲットユーザーを想定した出店エリアの徹底的な選別と調査。(出店の外れが少ない)
○業務委託契約をフル活用した外国人講師人件費の変動費化により達成した、業務の繁閑に対応したオペレーションコストの抑制の仕組み
○指導マニュアルや予約システムなどのサービスインフラを徹底的に強化し「ネイティブなら誰でもマンツーマンで教えられる」体制を築くと同時に、高離職率を促す何らかの仕組みを構築することで、人件費の高騰を抑制。
○新規顧客の継続受講につなげるような各種の仕組みの構築(早期継続契約割引特典、継続契約による単位あたり受講料の低下、上達度格付けなど)


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November 09, 2006

新しいIPOのかたち・・・英会話会社の100億円Dealは成功するか(その4)


   以下は全て、株式会社GABAの「上場申請のための有価証券報告書」から得られる情報をもとに筆者が創作したフィクションのIPOインサイドストーリーですのでご注意下さい。

   NIFは、GABA社内の士気を上げるため、経営陣には若干の現物株とかなりの量のストックオプションを付与した。また外国人講師を含めた多くの従業員にもストックオプションを大盤振る舞いしている。その結果、最終的に、ストックオプションは、公開時の増資前発行済株数の25%を占める水準にまでなった。これは、公開後に株を購入しようとしている一般投資家の利益を大きく損ないかねない水準である。当然ながら、NIFの売り出しには、ネガティブな要因となる可能性が高い。

   現経営陣になって最初の1年決算である平成17年12月期は、売上高55億、経常利益11億となった。(抱き合わせ株式消却に伴う特別損失が発生しているため、最終損益は赤字)かなりの好決算である。結局、このタイミングを最大限に生かし、株式公開を最優先させるため、この期をもって東証Mothersに上場申請をすることとした。ただし、主幹事の判断で、平成18年12月期の上半期決算は、業績動向、予算達成状況を確認することとなった。
平成18年10月末、ようやく東証Mothersの上場承認が出た。売買開始まであと20日程度。いったいいくらの時価総額がつくだろうか? うまく値崩れさせずに、ファンドは100億円DealのEXITができるのだろうか・・・。


   次回は、このIPO案件の興味深い点について総括してみたいと思います。


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November 08, 2006

新しいIPOのかたち・・・英会話会社の100億円Dealは成功するか(その3)

  
   以下は全て、株式会社GABAの「上場申請のための有価証券報告書」から得られる情報をもとに筆者が創作したフィクションのIPOインサイドストーリーですのでご注意下さい。

   そこから、吉野側とNIFによるタフな交渉が始まった。一時は、決裂しかねない状況だったが、お互い、ギリギリの交渉を続けた上、最終的には総額73億で金額面では妥結した。創業者の吉野夫妻は53億で、大株主であった光通信の創業者、重田も20億で持株を売ることに同意した。通常、IPOをしても、創業者及び大株主は、簡単に多くの持株を売れないことが多いことを考えると、IPO前に会社を73億円で完全売却するなどということは、そうそうできることではない。
   ただ、一つだけ問題があった。20億近くのキャッシュがあるとはいえ、会社はこれから都心の一等地に多店舗展開を計画しており、一番カネが必要な時期であった。にもかかわらず、今回のDealでは、会社には一銭もカネが入らないのだ。これは、後に残る青野たち経営陣にとって、由々しき問題であった。何としても、株式価値が希薄化することで増資受け入れを渋るNIFを説得し、会社の新たな第三者割り当て増資の権利を認めさせなくてはならない。株式譲渡契約書にこの一文を入れられるかどうかが、交渉の焦点だった。

   NIF側の総責任者、谷口にとっても、自社が単独で全てのリスクをとるベンチャー投資で、これだけのDealを手がけるのも、実質的に初めてであった。総額70億(実質的にはGABA社内キャッシュ20億を引いた50億円)以上となるキャッシュを新たに作った投資ビークル、NIFキャピタルマネジメント株式会社を通じて「町の英会話スクール」に投じるわけである。絶対にEXITさせなければならない。しかもファンドの利回りを考えれば、できるだけ早い段階でのIPOもしくはバイアウトが必須となる。GABA側は、新たな店舗展開のため、「真水資金」の注入を求めている。株式の希薄化はあるものの、最悪、資金注入を認めよう。ただ、この「真水資金」のリスクまでは、NIF単独で負担できそうもない。やむなく、谷口はグループの大和証券と、外資の雄、ゴールドマンサックスに声をかけた。結局両社から約30億を各種の優先条件がついた特種株式で調達することとなり、これを当面の事業資金にあてることとした。

   結果、この案件はNIF70億、大和証券20億、ゴールドマンが12億、総額100億以上のDealとなった。形式上は、ファンドが大株主となり、創業者以外の経営陣が引き続き会社を経営するMBOの手法を用いたことになる。GABAにとっても、他社への転売をさせないためにも、IPOは必達の目標となった。
   買収完了後の平成16年7月には、最短最速でのIPOをめざす方針でNIF側と合意したため、わざわざ決算期を12月に変更した。直前前期3ヶ月、直前期1年の実質1年3ヶ月の準備期間で上場申請に持ち込もうという計画である。ターゲット市場は東証Mothersに絞った。直前前期は通常、半年は必要だが、過去からの監査契約があり、MBOという特殊事例であることを東証に説明して早期公開を認めてもらう計画だった。そのために、実績のあるIPOコンサルティング会社を雇い、実績のある大和証券SMBCを主幹事に選任した。公開のためのキャストは、オール大和で固められ、GABAのIPOは大和グループあげての一大プロジェクトとなった。もちろん、最大の出資をしているNIFの谷口は、社外取締役としてGABAの経営をモニタリングする手はずだった。

つづく




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November 06, 2006

新しいIPOのかたち・・・英会話会社の100億円Dealは成功するか(その2)

   
   以下は全て、株式会社GABAの「上場申請のための有価証券報告書」から得られる情報をもとに筆者が創作したフィクションのIPOインサイドストーリーですのでご注意下さい。


   問題は、どのように創業者利得を確保しながら、事業承継を図るかということになる。青野は、「できることなら、自分に経営をやらせて欲しい」と言っている。吉野も彼に事業を引き継いでもらいたい。ただ、彼にこれだけ大きくなってしまった自分の会社の株式を購入する財力はない。となると、スポンサーが必要となる。
スポンサーにはどこを使おうか?さすがにこれだけの会社の買収資金が出せるのは、ファンドしかないだろう。 ただ、どこかの会社への転売をすぐ考えるようなファンドでは、独立経営が維持できなくなる。とりあえず、独立経営を維持できる株式公開を最優先に考えてくれる国内有名どころのベンチャーキャピタルに話をもっていき、最も条件のいいパートナーを選ぶことにするか・・・。

   吉野と青野は、共につてを辿って、いくつかのベンチャーキャピタルに声をかけてみた。JAFCO、NIF、JAIC、SBI・・・想定される買収金額が金額だけに、思ったよりも皆慎重である。「複数社でシンジケートを組めば・・・」などと言ってくるところもあったが、大株主が増えれば増えるほど、利害調整がややこしくなる。後に残る会社の青野や従業員の皆のためにも、できることなら、1社単独で買い取ってくれるところ、更には、現経営陣、従業員に最大限のインセンティブを与えてくれるところを探したかった。
   最も良い条件を出してきたのは、NIFだった。「1社単独での全株の買い取り」+「経営陣へのインセンティブ付与」に同意してきたのだ。交渉相手はNIFに絞られた。

   問題は買収の価格である。平成15年9月期には売上38億、経常利益は14億をたたき出した会社である。前受金(英会話サービスの役務残)は14億あるが、おかげで借入はなく、キャッシュは26億もある。いったいいくらでこの会社を評価してくれるのか。株主は、吉野夫妻だけでなく、光通信の創業者、重田康光もいた。彼も納得させるだけの価格をつけてくれるかどうか・・・。

   NIF側は、監査法人と法律事務所に財務、法務のデューデリジェンスを提案し、吉野はこれを受け入れた。専門家による徹底した企業査定が行われ、NIF側がはじいてきた価格は、65億。いくら未上場のディスカウントやデューデリジェンスでの細かな指摘事項があったとは言え、キャッシュを20億以上持っている経常利益14億の会社の評価としては、あまりに低い。NOVAや学習塾などの同業他社のEV/EBITDA倍率を参考にしたというが、NOVAと一緒にされるとは、当社のビジネスをわかっていなさすぎる。「あまりに安すぎる。」これが吉野の心境だった。

つづく


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November 04, 2006

新しいIPOのかたち 英会話会社の100億円Dealは成功するか(その1)


 
   以下は全て、株式会社GABAの「上場申請のための有価証券報告書」から得られる情報をもとに筆者が創作したフィクションのIPOインサイドストーリーですのでご注意下さい。



   平成16年の年初、株式会社GABAの創業者、吉野英樹は悩んでいた。「この事業を自分が続けるべきだろうか・・・」
 
   「日本人ビジネスマンの英語コンプレックスをなくすためには、マンツーマンで外国人ネイティブと、レベルの高い実務的な内容をたくさん話す機会を提供するしかない!」その思いで妻カレンと始めた外国人教師斡旋ビジネスは、やがてマンツーマン英会話スクールGABAとなり、順調に拡大を続けていた。

   次の成長のためのステップとして、当然「株式公開」という目標を持っていた。そのためには、優秀な人材の採用は欠かせない。まずは、ハーバードMBA卒で英会話事業の経験もある青野をスカウトし、最高執行責任者を任せた。本格的な公開準備にも着手し、社内の業務管理体制の構築を進めてもいた。ただ、一方で別の疑問が頭にもたげてきた。

「自分の自由が利かなくなりつつある組織を引っ張るために、これからも自分は走り続けなくてはならないのか・・・」
「立ち上げた事業とは全く関係のない公開準備という間接業務に今後も忙殺されるのだろうか・・・」
「創業者利得を得た後も、四半期ごとに投資家から評価され続けることに耐えられるだろうか・・・」

   立上げた事業が軌道に乗り、ふと、以前の同じ高いモチベーションでは仕事をできなくなっている自分がいた。「できることなら、公開前にもらえるものはもらって、このビジネスからは手を引きたい。そして自分のためにもう一度、時間と資金を使いたい。」吉野は、そういう心境になるまで、それほど時間はかからなかった。

つづく


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