August 30, 2007

感 謝

  
  お蔭様で、Sharesさんから発売された、私の「決算書深読み術」音声セミナーレポート
が、好調な売れ行きとなっているようです。ご購入頂いた皆様、何もお願いしていないのに、自主的にご自身のサイトでご紹介頂いている有名バリュー投資家の皆様に感謝申し上げます。

  思えば、セミナーをお引き受けした当初は、「顧客属性の絞りにくい公募型セミナーで、半日3万円」のプライシングに、正直大きなプレッシャーを感じました。「これでひどい内容のものを出したら、私は専門家として生きていけなくなるのではないか」と感じていました。

  というのも、私にはセミナー講師やコンサルティングの分野で師匠となる方がいるのですが、その師匠に昔言われたことをいつも肝に銘じているからです。

  「セミナーのお客様は、君が受け取る報酬ではなく、彼らが支払う受講費用との比較で、セミナーの内容を吟味し評価する。その評価に耐えうるものを出さなければ、プロとして失格である。一回一回が真剣勝負なのだから、絶対手を抜いてはいけない。」
  
  山口さんを初め、シェアーズの皆さんは、「この内容・コンセプトなら、それなりの対価を支払ってでも受講したいという個人投資家のニーズが絶対にある」と当初からおっしゃっていましたが、頭の中のアイデアとノウハウを単に口に出したに過ぎなかったものを、ほぼゼロベースから睡眠時間を削って実質10日ほどで資料として作り上げた私としては、講義当日まで、正直不安で不安で仕方がありませんでした。

  そのセミナーの内容が、このたびレポートという形で世に出て、より多くの皆さんに「負けない投資のための基本となる決算書の深読みの技術」として広がっていくことを、大変うれしく思っています。

  株価が不調なこのような時期にも関わらず、目先のトレンドに流されて投資をやめるのではなく、それなりのコストを負担してじっくり腰を据えて企業の開示資料を深く学ぼうとする個人投資家の皆さんが増えていることは、「着実に日本の資本市場が良くなっていく前兆」のような気がしています。

  私自身もこのブログを訪れて下さっている読者の皆さんに負けないよう、会計実務家としての本業のみならず、投資と企業分析のスキルも磨き続けたいと思っています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

P.S.
  9月に日経ビジネススクールさんにて、「開示資料を活用した企業分析のセミナー」を実施することになっています。一般企業の企画・財務などの実務担当者向けですが、投資家の皆さんにもお役に立つ内容かもしれないと思い、紹介することとしました。ご興味のある方はこちらから、それらしいものを見つけて下さい。


18:24:39 | cpainvestor | | TrackBacks

August 26, 2007

内部統制監査制度と投資家保護(その4)

  
  これは、会社側のスタッフ部門の問題だけではありません。内部統制監査制度が導入されつつあることで、監査現場の会計士のいわゆる「やらされ感のある作業」の負担は、大幅に増加しています。このことが原因となって、逆にビジネスマインドの強い、本当の意味で「企業を見る目のある」中堅層の会計士が、監査現場から続々と離脱しているということが現実にあります。

  今でこそ、会計士試験の合格者は年間1,300人程度で推移していますが、7、8年前まで合格者は、わずか600〜700人程度でしたから、ただでさえ一番働ける中堅層の会計士の絶対数は不足しています。その上に、監査法人からの中堅層の会計士の退職は続いています。どおりでこの業界の人手不足が続くわけです。

  彼らは皆、一様に次のような趣旨のことを言って監査現場から去っていきます。「俺はこんな、どこまで文書化するかだとか、テストのサンプル数をいくつにするかだとか、そういったまったくモチベーションの上がらない小手先の作業の専門家になるために、会計士になったわけではない。」

  内部統制監査の準備作業の段階で、もう少し、企業の業務プロセス改善に役立つ提案ができるなどのチャンスがあれば良いのですが、会社も制度対応が最優先で、業務効率向上のために内部統制を活用するという発想はまだまだ希薄です。(というか、リスク評価をして統制活動を組み入れれば組み入れるほど、当然ですが、作業工数、ひいては間接コストは増大します。)

  皮肉な話ですが、会計士業界でもビジネスマインドのある優秀な人間ほど、監査や税務の専門家から離れていくという現実があります。今回の内部統制監査の導入と世の好景気が重なったことで、監査業界からの中堅層の会計士の人材流出は、一気に加速されている感があります。私個人的には、近年、監査業務が高度にマニュアル化、標準化されていく過程で、確かに監査品質のボトムアップに一定の効果はあったといえるものの、監査法人の訴訟対策が最優先され、逆に「個の能力」の弱体化が、現場でじわじわと進んでいるような気がしてなりません。

  監査品質のボトムアップと会計士個人の能力の弱体化という現象が、本当に投資家や株主にとって良いことなのかどうかは、私にはわかりません。
  ただ、内部統制監査の導入で、公認会計士による外部監査にこれまで以上の期待がかかったとしても、現場にいた人間としては、「申し訳ないけれど、それだけの期待に応えられるだけの一線級の人材は、もうそれほど多く監査部門には残っていない。」と思っています。

  結論として、「内部統制監査の導入は、中小規模の不正会計の抑制には、一定の効果があるものの、会社の屋台骨が揺らぐような経営者による不正会計の抑制には、ほとんど効果がないばかりか、むしろ、その膨大な作業量が企業現場の活力を削ぐと同時に、監査現場の疲弊感を増幅させ、中長期的には監査業界からの更なる人材流出を招くだけなのではないか」と思っています。

  以上のことから、投資家の皆さんは、監査の制度そのものが強化されるからと言って、安心しないで下さい。これまでどおり、ビジネスが立ち行かなくなった企業や、異常なまでの成長を続けている企業では、大掛かりな不正会計や、突然の大幅下方修正が発生することは十分にありえますし、それを監視する外部監査人の平均的能力は、必ずしも向上しておりません。

  結局、個人投資家が、自分自身の身を守るためには、分散投資を基本におきながら、個別企業の開示資料の研究を怠らず、地道に投資の勉強と実践を続けていくしかないのだと思います。特に個別株投資において、「人任せ」は危険です。

  先日Sharesさんから発売された、私の決算書深読みセミナーレポート
の後半部分では、この「なぜ粉飾は起こるのか」、「どうしたら業績の大幅下方修正の兆候を察知できるのか」そういった内容に焦点を当てながら、大手監査法人でも実際に利用されているような企業分析手法のうち、個人投資家でも役に立つ実践可能な分析手法をいくつか紹介しています。

 「騙されない投資家」になるべく、勉強を続けたいと思われている個人投資家の皆さんのご参考にして頂ければ幸いです。

(この特集おわり)


09:29:42 | cpainvestor | | TrackBacks

August 25, 2007

内部統制監査制度と投資家保護(その3)

  
  前述したような理由から、「経営層による大掛かりな不正会計は常に起こりうるものだ!」という前提に立った場合、その不正リスクの発生確率をできるだけ低減するために最も有効な手法は、「経営者自らに内部統制を構築、運用させ、それを会計士に監査させること」でしょうか。私はそうは思いません。既にお話した通り、究極的には、内部統制のほとんどの機能は、経営者自身の手でいつでも無力化することが可能ですし、必要とあれば、経営層は徹底して会計士を欺こうとします。

  経営者不正のリスクを少しでも低減するための手法として最も有効なのは、?「有能でかつ、できる限り誠実な人間が経営者に就任するような組織風土を作ること、?「故意に重大な不正行為をした場合には、すぐにクビを挿げ替えることができるような強力なガバナンスが利いていること、?「故意に重大な不正行為をした場合には、無期懲役を科すぐらいの厳罰を刑法上も負わせること、の3つぐらいしか私には思いつきません。?の組織風土と?のガバナンスは、内部統制の一部を構成するとも言われており、内部統制の構築・運用そのものは、不正リスクの低減に効果がないわけではないので、ないよりあった方がいいわけですが、私自身は、最も有効な手法は、極端ではありますが、?であるように思います。経営層を震え上がらせる効果は絶大ですから。

  現行法上、有価証券報告書の虚偽記載の罪は5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金(この他、課徴金制度もあります)、帳簿の改ざんという虚偽記載の結果、利益を捻出し、本来配当できない虚偽の利益を配当した場合には、会社財産を危うくする罪として、5年以下の懲役または500万円以下の罰金が課されていますが、この程度では不正会計の抑止効果としては限定的でしょう。

  この?が現状のままであることを前提として、例えば、ガバナンスが利きにくいオーナー系の上場企業(つまり?も弱い)で、いかに小手先の内部統制(特に最もボリューム感の大きい業務処理統制と言われるような、各事業ごとの重要な業務プロセスの統制の仕組み)を整備・運用し、外部監査を実施したとしても、不正リスク低減の効果は、極めて限定的であるような気がします。それがわかっているのに、様々な現場の反発を受けながら、コーポレートのスタッフが膨大な時間とコストを費やして、リスクを評価し、文書化する作業を淡々と行い続けるのは、果てしなく彼らを消耗させます。

(つづく)

17:49:00 | cpainvestor | | TrackBacks

August 24, 2007

内部統制監査制度と投資家保護(その2)

  
  なぜ、「不正会計が起こるのか」を突き詰めて考えてみましょう。それは、「チェック体制が機能していなかったから」でしょうか。私はそれが真の原因ではないように思います。

  株主に多大な迷惑をかけるような大掛かりな不正会計は、多くの場合、企業の経営層が関与しています。(エンロンしかり、カネボウしかり、IXIしかり。)少なくとも黒字が赤字になってしまうような大掛かりな不正で「部下のやったことなのでまったく知らなかった」という回答は、基本的にありえないと思います。あったとすれば、本当に自社のビジネスと数字の関係がわからない無能なヤマ勘経営者であったことを世間にさらすことになります。

  経営層自らが不正会計を行う場合、もしくは部下に指示する場合、果たして社内の内部牽制や相互承認などのチェック体制が機能するでしょうか。機能するはずがありません。どんな厳格なチェック体制を構築しても、経営者自らが「俺の言うとおりの数字に落とし込むのが優秀な経理というものだ!」などと言うようになったら、従業員側が牽制をかけるには、刺し違える覚悟が必要となります。従業員にも生活がありますから、そこまでの覚悟を持って内部告発などを行う従業員は、そうそういません。


  それでは、なぜ、経営者はそのような不正会計を行いたくなるのでしょうか。それは、おそらく?不正をせざるを得ないプレッシャーがどこからか働いているか、もしくは?不正をどうしてもしたくなるようなインセンティブが働いているからに他なりません。

? プレッシャー  
  経営者は常に、様々な利害関係者から、会社の目標業績達成についてのコミットメントを求められています。特に本業が芳しくなくて、倒産寸前の企業では、金融機関からの融資に財務制限条項(コベナンツ条項)などがついています。ここで、コベナンツ条項とは、例えば「2年続けて赤字が続き、純資産が減少すれば、融資を引き上げる」といった融資の際の制限条項です。これがあると、経営者はなんとかこのコベナンツ条項には触れさせまい(融資引き上げによる会社の倒産だけはさせまい、そして自分をクビにはさせまい)として、一生懸命、黒字化するようなアイデアを考えます。その中には、当然起死回生のまっとうな営業施策などもあるでしょうが、それではどうしても目標数値が達成できない場合、最後の最後は、「なんとか数字をいじれないか」という誘因が強烈に働くことになります。

? インセンティブ
  人間は欲望を捨てれらない動物です。人によって濃淡はあるでしょうが、金銭欲がまったくない方は基本的にはいないのではないでしょうか。経営層が受け取るべき報酬のほとんどが、自ら経営する会社がその期に計上した利益に一定率を乗じた数値で決まるとしたら、どうでしょう。少しでも受け取るべき報酬を多くするために、今期の利益をできる限り多くするように努力するでしょう。それこそが株主に報いるための業績連動型報酬制度の目的であるわけですが、それも度が過ぎると、やはり、「なんとか今年の数字だけをいじって、もっと報酬をもらえるようにすることはできないか」(どうせ来年は退任だし・・・)などと考えてしまうのも無理はありません。

  この世に営利を目的とした「会社」という組織があり、それを取り巻く多くの利害関係者が存在し、業績達成は常に不確実要因がつきまとう限り、会社の経営層は、自らを不正会計に駆り立てるようなプレッシャーとインセンティブから全く無縁であるわけにはいかないと思います。その意味で、内部統制というチェック体制を強化したからといって、不正を起こす誘因が完全になくなることはないわけです。

(つづく)

17:35:50 | cpainvestor | | TrackBacks

August 23, 2007

内部統制監査制度と投資家保護(その1)

  
  2009年3月期より、日本の全上場企業にいわゆる内部統制の監査制度が導入されます。このため、内部統制の構築、その文書化、問題点の洗い出しとその改善など、現在、多くの上場企業は、その準備作業に追われています。

  内部統制とは、「?業務の有効性及び効率性、?財務報告の信頼性、?事業活動に関わる法令等の遵守並びに?資産の保全の4つの目的が達成されているとの合理的な保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内のすべての者によって遂行されるプロセスのことを言う」と定義されています。今回、新たに公認会計士監査の対象となるのは、このうち特に「?の財務報告の信頼性を確保するための内部統制が有効に機能しているか 」という部分です。

  もともと、この内部統制監査の制度は、エンロンの不正会計を契機に、「どうしたらこれを防げるか」という課題に対して、「不正を未然に防ぐチェック体制(内部統制)が存在し、それが機能していれば、不正会計をかなりの程度防げるのではないか」という解決策が提示され、「じゃあ、そのチェック体制が本当に機能しているか、公認会計士に監査させよう」ということで始まりました。(一説には、海外の大手監査法人がエンロンの一件で、収益部門のコンサル業務を取り上げられたため、その見返りとして、新たな収入源となる監査制度導入のためのロビー活動を実施した成果だとも言われていますが・・・)

  当初は「海の向こうで始まったのね」という程度で、多くの日本企業にとっては無縁でしたが、カネボウを初めとする相次ぐ不正会計事例の発生で、「日本でも同じようなものを導入しなくてはダメだ」という議論が盛り上がり、内部統制監査が法律で義務付けられることになりました。

  もともと、公認会計士による財務諸表監査では、会社の中に存在する内部統制のレベルを評価し、そのレベルが高い会社は、なるべく監査作業を省力化し、レベルが低い会社は、なるべく手間隙かけた監査作業を行うという実務が定着していました。今回の制度改正で、会社は、自らの内部統制そのものを「見える化」し、経営者自らが評価することが義務付けられました。公認会計士は、この会社の内部統制の評価の結果を監査し、「それが有効に機能しているかどうか」について意見を述べることになっています。

  「内部統制監査制度」は、言わば、投資家保護のための、「不正会計防止の切り札」として導入されるわけですが、内部統制構築のためのコンサルティングフィー、内部統制強化のためのIT投資、内部統制監査のための監査フィーなど、企業の負担するコストはかなり大きいものがあります。

  そのおかげで、公認会計士業界や、IT業界は活況を呈しており、「にわか内部統制専門家」が乱立する状況となっています。今、我々の業界では、思わぬ特需に空前の人手不足で、「どんな会計士でも独立すれば、日雇い内部統制コンサルタントとして、最低でも勤務会計士時代の1.5倍は稼げる」などと、まことしやかに言われております。

  では、これだけのコスト負担を企業(及びその所有者たる株主)に強いて、内部統制監査を導入したとして、本当に不正会計は大きく減少するのでしょうか?

  私の考えは、「小さな不正行為はそれなりに減少するかもしれないが、投資家を大損させるような大きな不正会計は決してなくならず、むしろこれまで以上に精巧なやり方が出てくるだけだろう」と思っています。そう思ってしまうと、どんなにビジネスチャンスだとは分かっていても、私自身は、この内部統制監査関連業務を本気になって一生懸命やろうという意欲がどうしても沸いてきません。


  今日から何回かにわたり、私がなぜ「内部統制監査を導入しても大型の不正会計はなくならないと思うのか」について、書いていきたいと思っています。
(つづく)


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