May 08, 2007

買収無残


  今週号の日経ビジネスの特集は「買収無残」というタイトルで、ダイムラー・クライスラーに買収された三菱ふそうトラック、ウォルマートに買収された西友の企業価値が、買収前に比べてむしろ劣化している様子が、関係者への取材を通じて赤裸々に報告されています。まあ、マスコミの記事なので、多分に誇張した部分はあるのでしょうが、私がいくつか見てきた買収案件でも、同じような事例はありました。以下のようなケースが「典型的な買収無残の流れ」でしょうか。

? 1+1>2となる夢物語のシナジー効果を期待して、コンペに勝ち残って買収
? 想定以上の統合時のコンフリクト(特に企業文化や人事摩擦)、想定していなかった経営上の問題(簿外債務や、取引先の離脱)などが発生
? 被買収企業の雰囲気は以前よりも悪化し、優秀なキーマンが続々と退社
? 被買収企業の収益力は以前よりも低下
? 企業価値が想定以上に向上しないどころか、買収企業にとってお荷物となる
? 最悪の場合は、被買収企業を損切り、撤退。

  M&Aというのは、本当に最高難度の経営スキルが求められる難しい経営手法だとつくづく思います。私自身は、最近は大型の案件には関与していませんが、売上数百億円クラスの案件であっても、同じような問題点はいつも生じます。ものの本によれば、M&Aの成功確率は20%以下だという実証データもあるようです。

  ただ、今日、特に書きたいのは、最近、売上が100億にも満たない、上場したばかりのベンチャー企業が、その調達した資金を元手に、自らと同規模、もしくは若干小さい規模の会社を積極的に買収するケースが目立つことです。目先、売上が成長したように見えるので、短期的には投資家受けするのではないかと思うのですが、この手の規模の会社の買収の成功確率は、経験的に10%を切るのではないかと私は見ています。

  投資の基本は、「(潜在的なものも含めて)価値のあるモノ」をできる限り「割安」に購入し、タイミングを見計らって売却(資金回収)することですが、大変失礼な言い方かもしれませんが、この手の会社は、投資意思決定前、投資意思決定時、投資意思決定後、の全ての点で、Buyerとしての適格性を欠いている会社が多いように思うのは、私だけでしょうか。

? 投資意思決定前
  お金の集まっているところには、それにタカル方々が多く集まってくるものです。会社が上場して、多額の資金調達をすると、銀行や証券会社、その他のブローカーが次から次へと、いろんな「投資物件」を紹介してきます。彼らにとっての「はめ込み先」、「成功報酬の獲得先」を求めているからです。会社の中にそれを精査できるスタッフ部門があればいいですが、たいていはオーナーの「勘」だけだったりします。(これが自社の経営では当ってきたからこそ、今があるという説もありますが・・・)自分の会社の戦略、予算管理、その他の計数管理が曖昧な状況で、人の会社をきちんと調査できる人間などを抱えることは、なかなか難しいと思います。海外の会社を買収するなどということになれば、なおさらです。

? 投資意思決定時
  資産バリュー株への投資と一緒で、少なくとも有形無形のストック(ただし退職しやすい人材は除く)の裏づけがある企業を妥当な価格(できることなら割安な価格)で購入できれば、最悪、会社がダメになって人材が離散しても、良い立地の不動産が残ったり、販路が残ったり、ブランドなどが残ったりして、えらく高い買い物であっても、長い目では、ある程度元が取れたりもします。ただ、昨今のように投資ファンドが跋扈するようになり、世の中の景気がよくなってくると、このような「美味しい案件」は出てこなくなるか、出てきても競合が激しくなりますので、価格が高騰します。人材採用と一緒で、ひょっとすると今は「じっとがまんする時期」なのかもしれないのに、入札のテーブルに載せられて、最後は「とにかく買うこと」が必達目標となり、エクセルDCFの前提条件を楽観的にチョコチョコっと修正して、とんでもない高値を提示して買ってしまいます。

? 投資意思決定後
  この手のBuyerの最大の問題点は、買収先の会社に派遣できるような、よその会社のオペレーションを見られる「人材候補」が社内にいないことです。上場したばかりで、自社の計数管理も杜撰だったりする場合、買った先の会社は、間違いなく放置されます。特に業績不振会社を購入した場合には、「財務リストラとコスト(特に固定費)の削減→オペレーションの効率化→買収会社の経営リソースを活用した事業拡大」などのシナリオを書くことが多いですが、派遣常駐して実行できる人材候補が社内にいません。社長自らが被買収企業の社長を一定期間兼務している会社も多いですが、優秀な右腕なしには、いずれ限界がくるでしょう。「そういう人材候補が社内にいないからこそ、相手先の人材を買って、任せるのだ」という社長様もいらっしゃいますが、もともとあまり調子が良くないからこそ売りに出たような会社を放置して、うまくいったケースは、ほとんどないのではないでしょうか。

  
  ???のような能力は一朝一夕に身につくものではなく、「だからこそ、経験値を蓄積するためにも、数をこなす必要があるのだ」という説もあります。ただ、自分が投資家の立場に立った場合、上場したばかりでまだ十分に事業基盤が固まっておらず、連結決算もまともに組めない会社に、成長を焦って買収を進めて欲しくないと思ってしまいます。??の能力を磨くのは、とても難しく時間のかかることだとは思いますが、せめて?だけは意識して、保守的なプライシングに徹してもらえれば、株主は大泣きせずに済みます。好景気と過剰流動性で、どんな企業でも、それなりに高い株価がつくこの時期だからこそ、「デューデリジェンスはやったけど、価格が見合わず買うのをやめた」という学習案件が、沢山あっていいのだと思います。お願いですから、まずは、足許の本業を固めて下さい。

「成熟市場でも、まだやり残したことがある。」 
花王五代目社長 丸田芳郎氏の言葉


  以上、しがない会計士投資家の戯言でした。経営者様から見れば、「そんな保守的な考えでは、企業が伸びるはずがない。経営の素人の発想だ」とばかにされるかもしれませんが、それなら、「買収のれんの減損損失は、キャッシュ・フローを伴わない損失(営業キャッシュフローに影響のない損失)だから問題ない」とか言わないで下さいね。




22:55:51 | cpainvestor | | TrackBacks