September 25, 2007

NECのNASDAQ上場廃止に思う(3)


  前にも記載したことがありますが、日本の会計基準における収益の認識基準は、米国会計基準ほど厳格ではありません。ソフトウェア等の収益認識基準についても、米国会計基準ほど詳細な規定はなく、現在、新しい会計基準の策定に向けて議論がなされているところです。ですから、米国会計基準では細かい按分計算が求められるため検証不能になる売上取引も、そういった細かな按分計算が必要とされない日本の会計基準であれば、検証可能になるといったことが起こりうるわけです。

  個人投資家の皆さんとしては、こういった「会計基準が厳しいか緩いか」による数値の変動などは、納得し難いものがあると思います。とは言え、上場廃止などという大掛かりなことになると、迷惑を蒙るのは投資家です。自衛のためには、こういった一部の会計士しか知り得ないマニアックな内容まで、投資家は勉強しなくてはならないのでしょうか。私はそんな必要はないと思います。

  なぜなら、目下、幸いなことに、日本の会計基準は、近い将来、国際会計基準に統一化される方向で話が進んでいますし、米国会計基準と国際会計基準の統一化プロジェクトも既に始まっていますから、国際間の会計基準の温度差はいずれなくなっていくでしょう。また、投資家の厳しいプレッシャーを受けつつある「大手」監査法人は、これまで以上に厳格な監査を行うようになっていくと思います。その意味で、資本市場のインフラは、不十分ながらも改善される方向にあります。

  私も含めた個人投資家にとって最も必要な能力は、やはり常識や世間の大勢に流されることなく、「ビジネスの本質と数値の関連性を見抜く目」を磨き、あとはリスクヘッジのための分散投資を心がけることなのだと思います。

  「ビジネスの本質と数値の関連性を見抜く目」を磨くのは、とても難しく、私自身、一朝一夕に身につくものではないことを痛感する毎日ですが、まずは、投資家の皆さん自身にとって身近な業界のビジネスから考えれば、良いのだと思います。

  例えば、ソフトウェア業界で働いていらっしゃる方であれば、目に見えないソリューションサービスの完了のタイミングを認識するのはとても難しく、実際に決算対策のような実態のない売上取引の噂を耳にすることもあるかもしれません。また、単なる大手の下請けで技術者派遣しかしていないようなITベンダーの利益率が高かったとすれば、それは異常だとも思えるでしょう。

  「このビジネスでなんでこんな利益率が出るの?」といった問いに明確に答えられない会社には、投資をしないこと、まずはこれが大原則なのだと思います。そのために、自分の土地勘のあるビジネスについて、じっくり開示資料を読み込みながら、「ビジネスの本質と数値の関連性を見抜く目」を養う訓練を始めることが大事なのだと思います。その上で、投資の実践経験を積んでいけば、自然と企業不祥事のニュースにも敏感になるでしょう。そうしたニュースを見ながら、「どういう特徴を持った会社が行儀の悪い会社だったか」を自分の中で出来る限り一般化していけば、いろいろな示唆が得られるように思います。

  誤解のないように付け加えておきますが、私は別にNECが「行儀の悪い会社」だと決め付けているわけではありません。ただ、そもそも私にとって、NECはビジネスの種類が多すぎて理解がしにくい上、現在の利益率は魅力的ではなく、「子会社上場で少数株主に利益を抜かれまくっているわりには時価総額も高い会社」だと思うため、不祥事発覚前であっても投資対象になることはなかっただろうと思います。こういった「複数の視点からの判断」が投資には必要なのではないかと思っています。


P.S.
  手前味噌で恐縮ですが、「収益の早期認識」、「会計基準間の温度差」、「ビジネスの本質と数値の関連性を見抜く目」といったマニアックな内容に、もしも興味を持ってしまった方がいらっしゃれば、私の「決算書深読み術」音声セミナーレポート
をお読み頂ければと思います。このレポートは、私の9年間の監査実務経験、7年間の個別株投資経験の一部を総括したものであり、ある程度、この手の疑問の解消にお役に立てる内容だとは思います。


この連載終わり


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September 24, 2007

NECのNASDAQ上場廃止に思う(2)

  
  SOP97-2は、ソフトウェア販売に係る収益認識の基準の詳細を定めたものですが、この中でNECが問題とされたのは、ハードウェア、ソフトウェア、各種の保守・サポートサービス等が一体となった、いわゆる複合取引(この業界では、ITソリューションサービスというのでしょうか)の収益認識についてのようです。

  SOP97-2では、この複合取引については、個別の契約単位ではなく、実質的に一体と判断される複合取引全てについての売上金額を、その会社が提示する各要素(ハードウェア、ソフトウェア、各種の保守・サポートサービス等)の個別の公正価額に基づき、按分することが求められています。その上で、個別の各要素ごとに収益認識のタイミングを検討することになるわけです。例えば、ソフトウェア販売相当額として按分された収益については、SOP97-2に基づき、以下の4つの条件を満たした時点で収益を計上して良いことになっています。

? 契約書などの契約の根拠となるものが存在する。
? ソフトウェアの引渡し行為そのものが完了している。
? ソフトウェアの金額が確定しているか、算定可能である。
? 代金の回収に問題がない。


  NECの言い分は、次のようなものです。
「業務の性質上、顧客企業ごとにITソリューションサービスの各要素の販売価額、値引率などはまちまちであり、社内における統一化された公正価額の客観的証拠など、SOP97-2の適用が始まった1998年まで遡って用意することなどできない。だから、複合取引における保守サポートサービスの収益明細の根拠を見せろだとか、当該収益の認識のタイミング(一括収益計上ではなく、期間にわたる按分収益計上としているか等)について検証しろとと言われても無理である。そんなこと、不正が発覚する前まで、監査法人さん細かく言ってなかったじゃないかあ!

  多くの日本のITソリューション企業のビジネス現場の実情から考えて、頷ける話のようでもあり(日本の会計基準を適用しているだけの会社では、細かいサービス別価格表そのものが厳格に運用されていないのではないでしょうか)、同じく米国ニューヨーク証券取引所に上場している日立製作所が、過年度も含めてこういったデータをきちんと用意して対応しているのだとすると、それはそれですごいことだと思います。

  米国において、ソフトウェア等の収益認識条件について、SOP97-2のような厳格な収益認識基準が定められた背景には、例えば、無償のアップグレード権がついたバージョンアップ直前のパッケージソフトウェアを決算期末直前に顧客に大量に販売し、実質的な収益の早期認識を行うような事例が続出したからだと言われています。この場合、実質的な顧客へのサービス提供の完了は、やはりアップグレード終了後と考えるのが自然なのだから、収益認識は客観性、確実性を重視して、アップグレード終了後のタイミングまで遅らせるべきだというのが、米国会計基準の発想です。

(続く)


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September 23, 2007

NECのNASDAQ上場廃止に思う(1)


 NECのNASDAQ上場廃止が発表されました。

  理由は、プレスリリースを見る限り、米国会計基準Statement of Opinion 97-2 “Software Revenue Recognition”(SOP97-2 ソフトウェア収益の認識基準)を適用するにあたり、収益認識に必要な客観的基礎資料が期限内に準備できず、米国の監査法人であるErnst & Youngから、最終的に「監査適正意見を提出できるだけの判断材料がない」と通告されたためであるとのことです。

  米国証券市場に上場する企業がSECに提出することが義務付けられているAnual Report(日本の有価証券報告書に相当する年次報告書:米国以外の外国企業に提出が義務付けられている提出様式は、Form 20-F)には、監査法人による監査適正意見の添付が義務付けられていますから、この監査意見が出ないということになれば、当然ながら、Anual Reportを期限内に提出できないこととなり、結果として、NECのNASDAQ上場は廃止となります。

  以下、この件について、私自身の勉強のためにも、NECの開示資料や、報道記事、会計基準の文言などを参考に、もう少しわかりやすく整理してみます。


  NECは、2006年3月に子会社における不正取引が発覚し、過去何年分かの有価証券報告書を訂正が必要となりましたが、この訂正後の有価証券報告書、及び2006年3月期の有価証券報告書(いずれも連結財務諸表については米国会計基準にて作成されています)については、NECを担当する日本の監査法人である新日本監査法人から、監査適正意見が出ています。

  しかしその後、この2006年3月期のAnnual Reportを米国SECに提出するにあたり、米国の監査法人Ernst & Youngから、ITソリューション事業における複合取引(multiple element contracts)に含まれる保守・サポートサービスの公正価値について、追加の分析を要求されたものの、NEC側でこれに対応できないことが判明したため、2006年3月期のAnnual Reportに対するErnst & Youngからの監査適正意見が出ないこととなり、現在の状況に至ったようです。なお、NECは苦肉の策として、2006年9月中間期より、連結財務諸表を日本の会計基準で作成する形に変更し、新日本監査法人から監査適正意見をもらうことで、東京証券取引所の上場を維持しています。

  新日本監査法人が監査適正意見を提出した米国会計基準の連結財務諸表に、その提携先であるErnst & Youngが監査適正意見を出せないというのは、極めて異例のことです。なぜなら、Ernst & Youngが米国監査基準に基づき監査を実施すると言っても、NECのビジネスの中心を占める日本拠点の監査は、米国会計基準に精通した新日本監査法人の多くの日本人会計士が担当していることが想定され、当然ながら、新日本監査法人はErnst & Youngと緊密な連携関係を持って監査を実施しているはずです。しかも、SOP97-2は1998年から適用されており、複合取引に関する解釈指針を定めたEmerging Issues Task Force03-5(EITF03-5)は、2003年に公表されていることから、2006年になってから突然大騒ぎする話ではないように思います。

  やはり、これは、NECの不正取引発覚が発端となって、米国のErnst & Youngが訴訟リスク、監査監督当局リスク対策上、実質的に新日本監査法人が担当しているNECの過去の監査プロセスを徹底的に見直し、米国会計基準のより厳格な適用を迫ったというのが、真相ではないかと推測されます。

(続く)


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