November 06, 2007

利益の質

  
  角山さんのコラムで紹介のあった 勝間和代著「決算書の暗号を解け!」(下図)をさらっと読みました。

  第一印象としては、「私がシェアーズさんのセミナーでお話した内容

とかなり被っているなあ、私がこのネタで本を書くチャンスは完全に消えたなあ」というものでした(笑)。まあ、私がセミナーで解説したような内容は、監査経験のある会計士の共通認識でもある内容なので、当たり前と言えば当たり前なのですが・・・。

  書籍のターゲットとしている読者の都合上、決算書の説明から始めているので、やや総花的で、せっかくの個々の論点が薄くなってしまっている印象はありますが、「会計上の利益がいかに相対的なものであるか」、「PL、BS、CFの3次元で決算書を見ることの重要性」などが 説かれていて、「利益の額ではなく質にこだわる」というこの著書の根底にある考え方は、私の発想ともとても似ており共感を覚えます。(経験豊富な業界の大先輩に向かって私と似ているというのは、失礼ですね。お詫びしたいと思います。)

  今まで、個々の粉飾手法などを解説する書籍はあっても、これを決算書の見方から体系的にまとめたものはなかったので、その意味では決算書分析に新しい付加価値を提供した良書だと思います。著者の経営コンサルタントやアナリストとしての経験も生きているのではないかと思います。やや難しい内容も含まれていますが、ある程度決算書が読みこなせる中級者には、良い内容だと思います。

  仕事柄、多くの決算書本を見る機会がありますし、セミナーなども実施することがありますが、どうもアナリストや銀行マン、大学教授などが書いた書籍は、初心者には良いにしても、中級者以上向けとしてはどうもしっくりいかないと感じることがあります。「それはなぜなのだろう?」といつも思っていたのですが、やはり、「彼らが決算書を見ることには長けていても、それがどのような背景の下で作られるか、そのプロセスが肌身の実感としてよくわかっていないからだ!」という結論に至りました。
 
  ここで言う「決算書が作られるプロセス」とは、単に「連結会計を含めた上級簿記を知っている」ということだけではなく、「実務的にどのような状況で企業側が決算を組んでいるか」ということを含みます。業績予想を達成するためのプレッシャー、経営者の代替わりを狙った損出し、営業利益をできる限りよく見せようとする特別損益項目の多用など、監査の現場に行っていれば何度も遭遇するような決算のお化粧の手口がわかっていれば、結局、「会計上の利益は金額以上にその質が重要なのだ」という結論が導かれるわけです。


  今の私の仕事のメインの一つである、M&Aの際の財務調査の仕事も、結局のところ、最大のテーマは、調査対象企業の「利益の質」を見極めることにあるように思います。ここでいう「利益の質」とは、単に「キャッシュフローの裏付けがあるものかどうか」ということのみならず、「必要最低限の投資を行った上で、安定的かつ再現可能なビジネスから生み出されたものであるかどうか」という点も含みます。
 
  「利益の質を見極める」訓練を毎日、本業でも必死にやっているにもかかわらず、今年の投資パフォーマンスは、今のところ、8〜9%程度に留まっています。


  まだまだまだまだ修行が足りないと思う、今日この頃です。


      



00:32:55 | cpainvestor | | TrackBacks

August 14, 2007

この夏の一押し

  
  巷のベストセラーとなっている 田中森一著 「反転〜闇社会の守護神と呼ばれて」を読了しました。400ページ以上ある書き下ろしですが、特捜部のエース検事からヤミ社会の弁護人となる田中氏の波乱万丈の半生にすっかり引き込まれ、あっという間に読了しました。脚色部分も多くあるとは思いますが、「この夏の一押しの一冊」であることは間違いないと思います。

     


  私が社会に出たときは、山一や長銀が破綻し、まさに金融恐慌の真っ最中でした。会計士としての駆け出しの時代、多くの破綻金融機関や債権の財務調査に借り出される過程で、金融機関のありえないくらい無理な貸し込み、そこに巣食う反社会勢力その他の利権の構図の一端を見た時、「自分はあまりにこの国の社会常識について知らなさ過ぎた」と思ったものです。田中氏のこの著書を読んで、その時のことを思い出しました。


  バブル崩壊後、様々な告発本が出ましたが、これだけ克明に実名で当時の状況を描写した書籍は、出版されてこなかったのでないでしょうか。この書籍を出版するにあたっても、関係各方面からの圧力は少なからずあったはずです。それに屈せず、世に出した田中氏と幻冬舎の功績をまず評価したいと思います。

  内容は書籍を読んで頂くとして、この田中氏の生き方を見ていると、共感・同情してしまう部分が多くあります。

  九州平戸の貧しい漁師の家に生まれ、働きながら苦学して岡山大学を卒業し、司法試験に合格、「悪を懲らしめる」検事を天職だと思って仕事に没頭、そのために家族との関係は崩壊、やがて検察の暗部と限界を知って嫌気がさし、弁護士に転身、その辣腕ぶりは多くの関係者に認められ、山口組組長を初めとした闇社会の守護神となるが、やがては、自らにも司直の手が及ぶこととなる・・・。

  おそらく、田中氏は、根はとても純粋で不器用な方なのだと思います。だからこそ、一つのことに没頭し、信頼した人間には、「情」を感じてしまうのでしょう。専門家としては、「怪しい人間には絶対に近づくな」というのが保身の鉄則なのでしょうが、同じたたき上げの専門職として、それができなかった気持ちもわかるような気がします。

  バブル崩壊に至るまでの多くの経済疑獄事件が採り上げられ、まさに戦後の経済史の総決算とも言える内容だと思います。多くの方に読んでもらいたい一冊です。


  少し長いですが、印象に残った一節を引用して、今日のエントリーを終えたいと思います。


 「なんの苦労もなく大学に行き、社会に出た人間から見たら、われわれは恵まれているわけではない。でも、社会の底辺をはうような苦労をしてきたわけでもないんじゃないかな。」以前、そう話していた検察庁の先輩がいた。私と同様、貧乏をし、働きながら大学を卒業して司法試験に合格した人だ。そのとおりだと思う。

 あの時代、多くの人間がなにがしかの苦労や困難を背負ってきた。中卒で働いていた人はごまんといた。それは個人の能力の問題ではない。私の場合、ひどい貧乏暮らしには違いなかったが、自由に生きることは許されてきた。その意味では恵まれているほうだ。

 そうして検事になり、被疑者を取り調べてきた。彼らは、日のあたらない生活を強いられてきたケースが多い。犯罪の背景にある彼らの人生をまのあたりにする。すると自分自身もそうなる危険性を感じることがよくあった。犯罪者とおなじ要素を持っている、と共感を覚えるのはしょっちゅうだった。

 当たり前のことだが、人間の心のなかには誰しも神と悪魔が共存している。その濃淡が異なるだけだ。普通の人間は、うちに潜む悪魔を押さえ込みながら、生きている。悪魔が表に出れば、罪を犯す。ただそれだけのことだ。そんなことは理屈ではみなわかっているが、実際にはそうはならない。それを肌で感じてきた。

 しかし、私は幼い頃の貧乏暮らしや検事時代の犯罪者に接してきた経験から、自分だけは一線を踏み外すことはありえない、と自負してきた。弁護士になってからも、政治家から財界人、裏社会の住人にいたるまで、数多くの人間の相談に乗り、なおさらその自信がついた。そして私なりに、世間から非難されている人間を改めて評価してやりたい、そういう思いがあった。

 だが、本当にそれができていたのだろうか。それをいま考えている。



23:17:33 | cpainvestor | | TrackBacks

May 21, 2007

最近、面白かった本 2冊

  
  たまには、投資・ビジネス書以外の書籍を紹介したいと思います。どうも自分の嗜好だけで書籍を選んでいると偏るため、書評などを読んでひっかかるものや、「尊敬する友人、先輩」などが推薦してくれたものは、とりあえず買ってしまうことにして、気が向いた時にカバンに突っ込んでおくようにしています。その日の気分によって読みたい本が変わることも多いため、カバンの中には、だいたい硬めの本と軟らかめの本の2冊、それに雑誌か新聞を入れておくことが多いです。(おかげで妻には、「アンタのカバンは重過ぎる」とよく言われます。)

       



  今日ご紹介する1冊目は、「字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ」(上左)という何かのパロディっぽいタイトルがついた新書です。映画字幕翻訳者としてのキャリア20年の太田直子氏が、プロならではの視点で、「映画字幕のウラ話や苦労話」を面白おかしく語っています。また、最後は、配給側から、年々易しい字幕の表現、解説風の表現が多く求められ、「言葉の貧困化」、「文脈や空気が読めない観客の増加」が進んでいる現状を憂いています。とにかく、テンポの良い楽しい文章で、最後まで一気に読めます。
  さすがは「人間が読めるのは1秒間に4文字」という制約の中で、翻訳をされてきた方です。字数制限が緩くなると、字幕以上に面白い文章が思いつくようです。洋画が好きな方には、気分転換にオススメの1冊です。


  2冊目は、「ハゲタカの饗宴」(上右)という経済・サスペンス小説です。著者のピーター・タスカ氏は、かつて、日本株担当の人気ストラテジストとして、名を馳せた人ですが、こんなに面白いサスペンス小説も書けるなんて、本当に多芸な人だと思います。投資家の皆さんには、おそらく、とても面白く読めるサスペンス小説だと思います。こちらは、GW中に読んだのですが、久しぶりに、先が気になって止まらなくなり、夜を徹して読んでしまいました。
  外資ファンドに買収された某名門銀行がモデルになっており、魑魅魍魎の不良債権の山の中から、いろんなものが出てきます。あまり内容を書くと、これから読まれる方には面白くなくなってしまうので、やめておきますが、かつて、破綻金融機関や不良債権化した企業の調査などを手がけていた人間としては、舞台設定も興味深く、息つく暇もなく、読みきってしまいました。こちらもオススメです。




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April 23, 2007

The Whole New Mind (後編)




   今回ご紹介する書籍 Daniel H. Pink著 The Whole New Mind (邦題:ハイコンセプト〜「新しいこと」を考え出す人の時代〜 大前研一訳 :上図)は、もう読まれた方も多いかもしれませんが、本当にこれからの時代を生き抜くには、「これまでの経験・蓄積だけで逃げ切れない世代」の私達がどういったことを考えていけば良いのかを示唆する貴重な1冊だと思います。

  インターネットの急速な発達で、活字を追えばわかる知識の大半は、Google検索により無料で調べられるようになりました。多くの企業の開示例などもEDINET検索EDGAR検索により無料で調べられるようになりました。昔の会計士の仕事の一定割合が、他社事例や制度の紹介だったことを考えてみると、こういった仕事のほとんどは、今では全てインターネットで代行することができます。先日のセミナー資料が短期間で作成できたのもこの無料データベースのおかげです。(笑)

  また、先日の前編のエントリーで紹介した業務のアウトソーシングは、あらゆる業界で進んでいます。「フラット化する世界」ではありませんが、今ではアナリスト業務もインドに外注される時代です。

  国内においても、都内の深夜の牛丼屋やコンビニの店員、地方の工場の作業員もそのかなりの割合が海外の方だったりします。

  「日本語」という参入障壁のおかげで、わが国は、若干「英語圏」の先進国よりは緩やかなペースかもしれませんが、単純作業の多い低付加価値業務の国外移転のみならず、知識情報業務の国外移転、コンピューターへの置換も着実に進んでいます。

  この書籍の中では、こうした時代のトレンドの中で、私達が生き残るためには、これまでの左脳系の知識経験に加えて、右脳系のセンスを磨くことが極めて重要だと説いています。(決して左脳系の基礎能力がなくてもいいとは言っていない点に留意が必要です。)

? モノがあふれる時代に必要なのは、「機能」ではなく「デザイン」
? コンセプトの時代に必要なのは、「議論」よりは「物語」
? パターン認識や、境界を外した関連性を見抜くために必要なのは、「個別」ではなく「調和」
? 顧客との接点強化に必要なのは、「論理」ではなく「共感」
? トレンドを見抜くのに必要なのは、「まじめ」ではなく「遊び心」
? 人に動機付けさせるのは、「モノ」ではなく「生きがい」


  自分がこれまでうすうす感じていたことを、すっきり整理してもらった感があります。大前研一氏は、自らの訳書であることもあって「これからの日本人にとっての必読の教則本」であると激賞していますが、自分の今後の方向性を考える上で、一読の価値のある内容であるとは、私も確かに思いました。グローバル企業の監査のジュニアスタッフの多くが、人件費が激安でかつ優秀なフィリピン人会計士に置き換えられている事実は、職業柄、考えさせられました。
 

  右脳系、Artの感性、議論より物語、論理より共感、モノではなく生きがい・・・

  私よりも嫁が得意とする分野
であることは間違いなさそうです。まずは身近な方からより多くのものを吸収したいと思います。


01:16:57 | cpainvestor | | TrackBacks

April 21, 2007

The Whole New Mind (前編)



  3年ほど前に、言えば誰でも知っている老舗の某外資系クライアント企業を担当していたときのことです。数年前から続く会社の業績不振で、日本法人でも大規模なリストラクチャリングが行われることとなりました。第一弾は、中高年を対象とした希望退職が行われましたが、それだけでは収まらず、続く第二弾は、間接部門のほとんど全ての業務をインドのバンガロール及びその他のいくつかのアジア地域に移転するというドラスティックなものでした。間接部門で働く従業員の方々には、年齢に関係なく以下の2つの選択肢が提示されました。

? かなり優遇された割増退職金を受け取ることによる退職
? 移転先のバンガロール(及びその他のアジア地域)への転勤(駐在員としての2年間の現行給与水準の保証、3年後からは現地給与水準にての雇用)

  当然ながら、対象となったほぼ全ての従業員が最終的には?を選びました。結局、この会社に残ったのは、社長、CFO、営業(営業企画)部門、高度な顧客サービス・メンテナンスを行うテクニカルサポート部門、予算設定などを行う企画部長1名、財務部長1名、人事部長1名、日本の税務を担当する担当者1名ということになりました。(もちろん、これらの間接業務を支える若干の派遣スタッフは、新たに雇用されています。)

  日本法人設立以来、何十年もリストラなどやったことがなかった会社であったためか、外資にしてはかなり忠誠心が熱く、人間的にも良い人たちが多くそろっていた間接部門だったと思います。当然、英語もそれなりにできて、勤続年数も比較的長い方が多かったため、業務の流れや社内の協力体制も非常にスムーズでした。

  当初、この案を聞いた時は、間接業務全体のアウトソースにより、業務フローが分断されて、会社のオペレーションが回らなくなるのではないか、数字が締められなくなるのではないかと、危惧を抱きましたが、1年ほど混乱した後は、コストは以前の1/3以下で、まがりなりにもオペレーションはまわるようになりました。(もちろん数字の細かな精度などは、以前に比べるとかなり低くはなりましたが・・・)

  私は、この1件を経験して以来、「英語ができる」、「財務/会計がわかる」という一般的に言われているようなキャリアアップを目指していっても「まったく安泰ではない」と思うようになりました。この手の職種は需要が沢山あって、どこかに就職はできるという意味で「汎用性は高い」かもしれませんが、最も国際競争にさらされやすくコモディティ化しやすい分野でもあり、「決して長期に渡って高賃金をもらえる業務ではない」と痛切に思うようになりました。


  「顧客からの距離が遠い部門で働いてはいけない。」「組織内では、アイデアやコンセプトを提案すること、考えること、コミュニケーションをとることが多く要求され、自分の個性そのものが武器になるようなポジション取りを目指さなくてはならない。」

 これが、このとき、私がこの事例から得た教訓でした。


(続く)


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