August 14, 2007

この夏の一押し

  
  巷のベストセラーとなっている 田中森一著 「反転〜闇社会の守護神と呼ばれて」を読了しました。400ページ以上ある書き下ろしですが、特捜部のエース検事からヤミ社会の弁護人となる田中氏の波乱万丈の半生にすっかり引き込まれ、あっという間に読了しました。脚色部分も多くあるとは思いますが、「この夏の一押しの一冊」であることは間違いないと思います。

     


  私が社会に出たときは、山一や長銀が破綻し、まさに金融恐慌の真っ最中でした。会計士としての駆け出しの時代、多くの破綻金融機関や債権の財務調査に借り出される過程で、金融機関のありえないくらい無理な貸し込み、そこに巣食う反社会勢力その他の利権の構図の一端を見た時、「自分はあまりにこの国の社会常識について知らなさ過ぎた」と思ったものです。田中氏のこの著書を読んで、その時のことを思い出しました。


  バブル崩壊後、様々な告発本が出ましたが、これだけ克明に実名で当時の状況を描写した書籍は、出版されてこなかったのでないでしょうか。この書籍を出版するにあたっても、関係各方面からの圧力は少なからずあったはずです。それに屈せず、世に出した田中氏と幻冬舎の功績をまず評価したいと思います。

  内容は書籍を読んで頂くとして、この田中氏の生き方を見ていると、共感・同情してしまう部分が多くあります。

  九州平戸の貧しい漁師の家に生まれ、働きながら苦学して岡山大学を卒業し、司法試験に合格、「悪を懲らしめる」検事を天職だと思って仕事に没頭、そのために家族との関係は崩壊、やがて検察の暗部と限界を知って嫌気がさし、弁護士に転身、その辣腕ぶりは多くの関係者に認められ、山口組組長を初めとした闇社会の守護神となるが、やがては、自らにも司直の手が及ぶこととなる・・・。

  おそらく、田中氏は、根はとても純粋で不器用な方なのだと思います。だからこそ、一つのことに没頭し、信頼した人間には、「情」を感じてしまうのでしょう。専門家としては、「怪しい人間には絶対に近づくな」というのが保身の鉄則なのでしょうが、同じたたき上げの専門職として、それができなかった気持ちもわかるような気がします。

  バブル崩壊に至るまでの多くの経済疑獄事件が採り上げられ、まさに戦後の経済史の総決算とも言える内容だと思います。多くの方に読んでもらいたい一冊です。


  少し長いですが、印象に残った一節を引用して、今日のエントリーを終えたいと思います。


 「なんの苦労もなく大学に行き、社会に出た人間から見たら、われわれは恵まれているわけではない。でも、社会の底辺をはうような苦労をしてきたわけでもないんじゃないかな。」以前、そう話していた検察庁の先輩がいた。私と同様、貧乏をし、働きながら大学を卒業して司法試験に合格した人だ。そのとおりだと思う。

 あの時代、多くの人間がなにがしかの苦労や困難を背負ってきた。中卒で働いていた人はごまんといた。それは個人の能力の問題ではない。私の場合、ひどい貧乏暮らしには違いなかったが、自由に生きることは許されてきた。その意味では恵まれているほうだ。

 そうして検事になり、被疑者を取り調べてきた。彼らは、日のあたらない生活を強いられてきたケースが多い。犯罪の背景にある彼らの人生をまのあたりにする。すると自分自身もそうなる危険性を感じることがよくあった。犯罪者とおなじ要素を持っている、と共感を覚えるのはしょっちゅうだった。

 当たり前のことだが、人間の心のなかには誰しも神と悪魔が共存している。その濃淡が異なるだけだ。普通の人間は、うちに潜む悪魔を押さえ込みながら、生きている。悪魔が表に出れば、罪を犯す。ただそれだけのことだ。そんなことは理屈ではみなわかっているが、実際にはそうはならない。それを肌で感じてきた。

 しかし、私は幼い頃の貧乏暮らしや検事時代の犯罪者に接してきた経験から、自分だけは一線を踏み外すことはありえない、と自負してきた。弁護士になってからも、政治家から財界人、裏社会の住人にいたるまで、数多くの人間の相談に乗り、なおさらその自信がついた。そして私なりに、世間から非難されている人間を改めて評価してやりたい、そういう思いがあった。

 だが、本当にそれができていたのだろうか。それをいま考えている。



Posted by cpainvestor at 23:17:33 | from category: k.書評 | TrackBacks
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