August 26, 2007

内部統制監査制度と投資家保護(その4)

  
  これは、会社側のスタッフ部門の問題だけではありません。内部統制監査制度が導入されつつあることで、監査現場の会計士のいわゆる「やらされ感のある作業」の負担は、大幅に増加しています。このことが原因となって、逆にビジネスマインドの強い、本当の意味で「企業を見る目のある」中堅層の会計士が、監査現場から続々と離脱しているということが現実にあります。

  今でこそ、会計士試験の合格者は年間1,300人程度で推移していますが、7、8年前まで合格者は、わずか600〜700人程度でしたから、ただでさえ一番働ける中堅層の会計士の絶対数は不足しています。その上に、監査法人からの中堅層の会計士の退職は続いています。どおりでこの業界の人手不足が続くわけです。

  彼らは皆、一様に次のような趣旨のことを言って監査現場から去っていきます。「俺はこんな、どこまで文書化するかだとか、テストのサンプル数をいくつにするかだとか、そういったまったくモチベーションの上がらない小手先の作業の専門家になるために、会計士になったわけではない。」

  内部統制監査の準備作業の段階で、もう少し、企業の業務プロセス改善に役立つ提案ができるなどのチャンスがあれば良いのですが、会社も制度対応が最優先で、業務効率向上のために内部統制を活用するという発想はまだまだ希薄です。(というか、リスク評価をして統制活動を組み入れれば組み入れるほど、当然ですが、作業工数、ひいては間接コストは増大します。)

  皮肉な話ですが、会計士業界でもビジネスマインドのある優秀な人間ほど、監査や税務の専門家から離れていくという現実があります。今回の内部統制監査の導入と世の好景気が重なったことで、監査業界からの中堅層の会計士の人材流出は、一気に加速されている感があります。私個人的には、近年、監査業務が高度にマニュアル化、標準化されていく過程で、確かに監査品質のボトムアップに一定の効果はあったといえるものの、監査法人の訴訟対策が最優先され、逆に「個の能力」の弱体化が、現場でじわじわと進んでいるような気がしてなりません。

  監査品質のボトムアップと会計士個人の能力の弱体化という現象が、本当に投資家や株主にとって良いことなのかどうかは、私にはわかりません。
  ただ、内部統制監査の導入で、公認会計士による外部監査にこれまで以上の期待がかかったとしても、現場にいた人間としては、「申し訳ないけれど、それだけの期待に応えられるだけの一線級の人材は、もうそれほど多く監査部門には残っていない。」と思っています。

  結論として、「内部統制監査の導入は、中小規模の不正会計の抑制には、一定の効果があるものの、会社の屋台骨が揺らぐような経営者による不正会計の抑制には、ほとんど効果がないばかりか、むしろ、その膨大な作業量が企業現場の活力を削ぐと同時に、監査現場の疲弊感を増幅させ、中長期的には監査業界からの更なる人材流出を招くだけなのではないか」と思っています。

  以上のことから、投資家の皆さんは、監査の制度そのものが強化されるからと言って、安心しないで下さい。これまでどおり、ビジネスが立ち行かなくなった企業や、異常なまでの成長を続けている企業では、大掛かりな不正会計や、突然の大幅下方修正が発生することは十分にありえますし、それを監視する外部監査人の平均的能力は、必ずしも向上しておりません。

  結局、個人投資家が、自分自身の身を守るためには、分散投資を基本におきながら、個別企業の開示資料の研究を怠らず、地道に投資の勉強と実践を続けていくしかないのだと思います。特に個別株投資において、「人任せ」は危険です。

  先日Sharesさんから発売された、私の決算書深読みセミナーレポート
の後半部分では、この「なぜ粉飾は起こるのか」、「どうしたら業績の大幅下方修正の兆候を察知できるのか」そういった内容に焦点を当てながら、大手監査法人でも実際に利用されているような企業分析手法のうち、個人投資家でも役に立つ実践可能な分析手法をいくつか紹介しています。

 「騙されない投資家」になるべく、勉強を続けたいと思われている個人投資家の皆さんのご参考にして頂ければ幸いです。

(この特集おわり)


Posted by cpainvestor at 09:29:42 | from category: c.投資雑感 | TrackBacks
Comments

ipoconsultant:

全4回の特集読ませて頂きました。
私も、この内部統制監査制度には多くの疑問(愚痴)があります。
?内部統制の構築は、表面的なものに留まり、経営者主導型などの粉飾を抑止することは出来ない(cpainvestorさんと同意見)。
?内部体制の不備に起因する粉飾決算を全て監査法人の責任ということにするのであれば、監査コストは膨大なものになる(監査が終わらない)。
?会計士の人数増加等が出来たとしても企業の側に内部統制監査に対応できる人材が十分に配置されるとは思えない。そのような会社はどうするのか(上場廃止?)
?そもそも論として、新興市場については、投資家はその企業の将来の成長に期待して投資をしている。成長スピードを減速させかねない息苦しい管理体制(柔軟な組織変更などは文書化がやり直しとなる等の理由でやりづらくなる等)を、しかも数千万円というコストをかけて構築することを投資家は誰の望んでいないのではないか。
などと考えています。

とは言いながら、制度としてスタートが迫ってきているため文句だけ言っていられないため、慌てて勉強はしていますが。。。
(August 26, 2007 23:09:47)

cpainvestor:

ipoconsultant様

 いつもコメントありがとうございます。私とベクトル感は一緒ですかね。でも、私より勉強熱心な分、私はいつもあなたのことを尊敬しています。
(August 31, 2007 19:38:25)
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