September 18, 2006

アクルーアルの本質

   
   いろいろな投資ブログでKAPPAさんの著書で紹介されている「アクルーアル」をどのように活用したら良いのかという議論がなされているようです。

   アクルーアルについては、過去に記載していますが、質問が多いようなので、私なりの解釈を少ししてみたいと思います。

   再掲しますが、KAPPAさんの書籍によれば、アクルーアルの定義は、

企業利益=キャッシュフロー+アクルーアル

   この定義をもって、アクルーアル=経常利益−(フリーキャッシュフロー)などと解釈しても良いのですかというご質問も頂きました。

   結論から言いますと、この定義だけでは危険だと思います。理由は最後までお読み頂ければなんとなくご理解いただけるのではないかと思います。

   アクルーアルの本質を理解するために、KAPPAさんの著書にあるもう一つの定義を見てみましょう。
(KAPPAさんすみません。KAPPAさんの書籍の定義のうち「流動負債に含まれる際見の変化」の意味がわかりませんでした。「流動負債に含まれる債権」だとしても普通の会計用語ではありえない組み合わせなので、下記定義では除いています。おそらく金銭債務のことではないかと思うのですが、確信がもてません。また、所得税支払額もおそらくIncome taxを論文著者がそのまま「所得税」と訳してしまったのだと思われますが、企業の英文決算書で出てくるIncome taxは通常「法人税」ですので、未払法人税の増減に置き換えました。原典を読むべきでしょうが、手許にありませんのでお許し下さい。)


アクルーアル=
(流動資産の増減−現金及び現金同等物の増減)
−(流動負債の増減−税金未払額の増減)
−(減価償却費+割賦弁済額)

   
   アクルーアルの本質を知るためには、上記の式の意味を理解することが重要です。

   まず、定義式1行目(流動資産の増減−現金及び現金預金の増減)ですが、これは、現金及び現金同等物以外の流動資産(受取手形、売掛金、在庫、未収金、前払費用など)がどれだけ増加しているかを示しています。つまり、現金として回収される一歩手前の営業用資産がどれだけ増加しているかを示しています。企業は、望んでいるか否かに関わらず、売上債権の回収サイトが遅れたり、在庫の販売による資金化が遅れたりすると、この1行目の数値は増加し、アクルーアルの数字を増加させるわけです。

   次に定義式2行目(流動負債の増減−税金未払額の増減)ですが、流動負債(支払手形、買掛金、未払費用、未払金、賞与引当金、短期借入金、未払法人税等)のうち、未払法人税の額の除いた残高がどれだけ増加しているかを示しています。つまり、取引条件などによって支払を先延ばしできる債務がどれだけ増加しているかを示しています。通常、企業は資金繰りが厳しくなると、まず真っ先に支払いを先延ばしにできないかを考えます。翌月現金振込みだったのを翌月90日期日の手形払いに変えるなどといった形が典型的です。それでもお金が足りなくなったりすると、借入に走るわけです。つまり、アクルーアルの定義の1行目が増加して企業の資金負担が増加しても、2行目(債務側)で支払を繰り延べることができれば、なんとか会社の資金はまわるわけです。ここで、未払法人税だけは、オカミへの支払義務ですから、自分の都合で支払いを延ばすことは交渉できませんので除いているようです。(そんなことをしたら延滞税をとられます)企業は、交渉して支払いの繰延に成功すれば、2行目の数値の増加は前についているマイナス符号を反映して、アクルーアルを減少させることになります。

   最後に、定義式3行目に出てくる減価償却費と割賦弁済額ですが、ここでは割賦弁済額をリース債務の弁済額と同じように解釈してよいのではないかと思います。割賦取引は、実務上ないわけではありませんが、非常にレアケースで、多くの企業は割賦払いと同様の効果を得るためにリース取引を使っています。アクルーアルの定義式上、この減価償却費と支払リース料を控除するということは、「過去の設備投資による資金弁済相当額」の資金負担額をアクルーアルの数値を算出する際には控除するということです。


   この解説に従ってアクルーアルを定義しなおすと、

アクルーアル
=現金以外の営業用資産(ねかせ資金)の増減
−企業努力により資金捻出が可能な支払繰延額の増減
−過去の設備投資に関する当期資金負担額

となります。

   結局、アクルーアルの本質は、「当期の営業活動による実質的な資金負担額の純増減」と定義できるのではないでしょうか。(3行目の解釈である「過去の設備投資額の当期負担分」がなくなると気になる方もいると思いますが、例えば、投資は裁量経費であるため、毎期一定額の設備投資を計画的に行っている会社であれば、アクルーアルの増減という意味では、毎期の負担額がほぼ同じとなりますので、その影響は無視できると考えてもよいのではないでしょうか。気になる方は、「当期の営業活動による実質的な資金負担額の純増減−過去の設備投資の当期負担額」でもかまいません。)重要なのは、「アクルーアルが増加している」というのは、「企業の営業活動に伴う実質的な資金負担額が増加している」ということになります。
   
   ビジネスが拡大すれば、必然的に資金負担額は増加します。従って、ビジネスが大きく伸びている会社は、アクルーアルもそれなりに大きくなっていく可能性が高いと思われます。ただ、KAPPAさんの本にあるように、「アクルーアル/総資産↑ ⇔ 当該銘柄のリターン↓」ということは、すなわち、「資産規模(ビジネス規模)に比べて、必要以上に当該企業の資金負担額が増加しているときは危険ですよ。」ということを意味します。

   結局のところ、アクルーアルは、会計をかじったことがある人だったらわかりますが、「売上(収益)を大きく先取りして、支払い(費用)を多少先延ばしすることで、会計上の利益をふくらませようとすると、必ず、自社の資金負担が増える。」という真理を示しているに過ぎません。こういう会社は確かに決算書を無理して作っていますから、翌期に耐え切れなくなって業績が悪化するリスクは高いでしょうし、粉飾決算のリスクも高くなります。

   難しいのは、企業の資金負担額はビジネスの状況によってまちまちであり、何をもって異常な資金負担額かと定義するのは難しい上、貸借対照表の勘定残高はあくまで期末の一定日の残高に過ぎないという点です。すなわち、少し賢い会社ならば、このような指標を投資家や会計監査人がチェックしていると思えば、取引先と結託して、期末の仕入日をずらして期末日だけ在庫を小さく見せかける、債権を一瞬だけ決済して期末日だけ残高を圧縮し、翌日すぐに復活させるといった手口を容易に行ってきます。こうしたことが行われないように会計監査人が目を光らせているとはいえ、限界があります。

   その意味で、この指標だけを統計的に抜き出して銘柄選考に生かすという考え方は、あまり得策とはいえないのではないかと私自身は思っています。アクルーアルが本領を発揮する機会があるとすれば、急成長企業、倒産寸前企業などの複数期間のトレンド分析ではないでしょうか。会計監査の経験から言って、このような企業ではアクルーアルを3〜4年のトレンドでとっていけば、業績悪化リスクは比較的早い段階で察知できるかもしれません。



Posted by cpainvestor at 23:50:11 | from category: c.投資雑感 | TrackBacks
Comments

平九郎:

J-WAVEの件有難う御座いました。

昨日コメントに気がつきました。

間の抜けた返信で申し訳ありません。

ラジオのデジタル放送が無期延期と決まったようですが、残念です。

結構期待していたのですが・・・・
(September 20, 2006 15:54:56)
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