June 06, 2007

介護保険制度とモラルハザード



  以下、産経新聞のWebサイトより一部抜粋です。

  グッドウィルグループ(4723) の100%子会社、訪問介護最大手の「コムスン」(東京都港区、樋口公一社長)が虚偽の申請で事業所指定を不正に取得していたとして、厚生労働省は6日、介護保険法に基づき、全国にある同社の介護事業所の8割に当たる約1600カ所について来年4月から平成23年度までの間に順次、指定を打ち切り、新たな事業所の指定もしないよう、都道府県に通知した。

 
  (以下私見です)

  上記のニュースによれば、今後、コムスンは新規の事業所を全く開設できないばかりか、既存の事業所についても認可の更新ができなくなるため、グッドウィルグループは、実質的に介護事業からの撤退を余儀なくされることになりそうです。
 厚生労働省の行政処分は、ルールに基づき行っただけかもしれませんが、その社会的影響はかなり大きいのではないでしょうか。現在6万人程度の介護サービス利用者がいるとのことですが、まずは、これだけの利用者を引き受ける能力が他の会社の事業所にあるかどうかです。また、グッドウィルグループは、介護サービス付きマンションの分譲事業なども手がけているはずです。グループの介護事業全体に見直しがかかる状況となっては、こういった関連事業の存続可能性も危ぶまれます。こうしたマンションを「終の棲家」と考え、生涯の財産をはたいて購入した高齢者のことなどを考えると心配になります。

  今回の行政処分の発端は、コムスンが、勤務実態のない職員を虚偽登録して、介護事業所の新規開設を申請するなどの行為を行ったことにあったようです。ただ、程度の差こそあれ、介護大手3社(コムスン、ニチイ学館、ジャパンケアサービス)は、ともに勤務実態のない職員を勤務させたことにして介護報酬を不正に請求するなどの行為を行っていたようで、3社合計で4億円以上の返還に応じています。

  結局、介護保険事業においては、サービスの提供側(ここでは介護サービス事業会社)と対価を支払う側(ここでは地方公共団体)に情報量の格差があり、お互いの利益追求にコンフリクトが生じるような状況(これを経済学用語では、情報の非対称性が存在するといいます)がある以上、当然のことながら、不正請求というモラルハザードは生じるわけで、コムスンに「一罰百戒」を行ったからといって、問題が解決するわけではないと思います。

  ただ、今回の1件があったことで、「だから、介護サービスなど営利企業が手がけるべきではなかったのだ」といったマスコミや、福祉事業者の論調が再燃しないかが心配です。
  どんどん高齢化が進んでいる現場において、今や介護保険による介護サービスはなくてはならない存在になっています。これを従来のような社会福祉協議会などの団体が行う仕組みに戻すのは無理でしょう。もちろん、介護サービス事業が「上場企業としてのビジネスに適しているかどうか」については、私も懐疑的ではありますが、民営企業の「効率経営」のビジネス的な発想がなければ、介護サービスは立ち行かなくなるような気もします。(家族介護の際の家族の負担などを特集した記事などを見るにつけても、ビジネス的発想の介護サービスは必要なように思います。)


  不正請求というモラルハザードを防ぐために、行政当局が介護サービス事業者に対する厳格な監査を事後的に実施するだけというのは、対処療法に過ぎず、あまりに非効率です。
  こういう時こそ、経済学理論で言われている、以下のような「情報の非対称性を緩和する仕組み」を政策に取り入れて欲しいと思います。(私が知らないだけで、既に存在するのかもしれませんが・・・)

  シグナリング
  サービス提供側に自主的に「自分が不正請求などしない優良事業者である」と証明できるようなサービスの品質保証を、一定のコストを支払って実施してもらい、アナウンスしてもらう仕組みを導入することです。短期的には、若干コストアップにつながるかもしれませんが、介護サービス事業者専用の専門家による外部監査を受けて、毎期、監督当局に監査証明を提出するなどというのを義務付けるのも良いかもしれません。(こんなことを書いていると、こういうのを会計士が新しいサービスとして立ち上げても良いような気がしてきました。私は監査というサービスを提供することそのものには、既にあまり興味がわかなくなっているのですが、自分が手を下さない「ビジネス」としてとらえると面白いかもしれません。)

  自己選択
  損保会社が、運転者の属性、車の性能などに合わせて、保険料を増減させるリスク細分型の自動車保険などを設計し、消費者に選ばせる際などによく使われる手ですが、行政側が介護サービスの保険料率(還元率)に高低をつけて、優良事業者を選別する方法です。例えば、介護事業者自らに複数の保険料率プランの中から自らの申請のタイプを選択させる形にして、違反した場合の罰則が重く、コンプライアンスの徹底にそれなりのコストを負担しなくてはならない厳しいタイプを選択した事業者には、事業者の保険料率を大きくするといった措置を講じることにより、優良事業者を選別します。余談ですが、納税者に対する青色申告控除の特典なども、この「自己選択」事例の一つかもしれません。

  スクリーニング 
  行政当局が、一定の試験や認証を継続的かつ定期的に実施することによって、優良事業者を選別する方法です。今回の上場3社に対する一斉監査と認可取消しなどの行政処分を見ていると、行政当局による、ある程度のスクリーニングは既に制度として存在するようですが、やはり事後的で、かつサンプルテストというのでは、効果が薄いような気がします。いきなり罰則適用、認可取消しというネガティブな処分を課すのではなく、例えば、ミシュランの星印による格付けのように、介護サービス事業者を定期的に星印で格付けしたら良いのかもしれません。ここにも、ミシュランやスタンダードプアーズのような「格付けビジネス」に関するビジネスチャンスがあるかもしれません。

 行政当局は、かしこい方が沢山いらっしゃるでしょうから、上記のようなアイデアは既に十分に検討済みであると思われます。ただ、さまざまな制約条件から、実施できないこと、効果が上がらないことも多いのかもしれません。


 「出でよ、介護サービス業界のミシュラン」といった感じでしょうか。うまくいけば、多くの介護事業者から報酬がもらえるトールゲート型のビジネスが展開できるかもしれません。

  もちろん、介護保険制度に基づく介護サービス事業が現在の料率体系では、既にビジネスとしては全く採算が取れないという「構造的な破綻」をきたしていなければという前提がつく話ではありますが。


Posted by cpainvestor at 17:59:02 | from category: g.その他ビジネスの話題 | TrackBacks
Comments

グレゴリアン:

cpainvestorさん

 初めてコメントさせていただきます。
 いつも有意義なコラムにとても勉強させていただいております。ありがとうございます。

 当方、某病院にて理学療法士(PT)として勤務しております。(投資家も勉強しておりますよ)介護・医療に関わる人間として感じたことなのですが・・・

 介護サービスの拡充は国の急務なのは間違いないようです。何とかして「医療保険→介護保険」の移行を促そうとしております。その急務の隙をコムスンetcにつけ込まれた感があるのは確かですね。これまでにもあった粉飾決算企業にみられる「急激な成長には裏がある・・・」ってとこでしょうか。

 介護サービス業界のミシュラン、良い発想ですよね。ただその「格付け」に行政が絡むと新たな既得権が産まれて・・・というイヤな予感もします。
 ところで医療保険の方ではありますが、(すでにご存じかもしれませんが)各部門においてある一定の設備・人員・手術の件数などを満たしているのであれば同じ治療・処置に対してより高い保険点数(料金)を請求できるシステムはあります。この制度の存在は各病院が得意とする分野への集中と特化がある程度は促されているかと思います。
 それから「医療機能評価」というものが民間レベルではありますが存在し、設備・人員のみならず一つの企業体としての機能にも一定の水準を設け、評価する団体があります。(世間ではあまり知られていないようですけどね)
 また病院ごとの手術の件数など得意分野を調べて一覧化したような書籍も見かけたりもしますよね。これも「ミシュラン」的役割を果たしているかと思います。

 介護保険サービスはまだまだ始まったばかりなので混沌としているのが現状なのではないかと思います。ビジネスとして安定したものができあがるにはまだ時間が必要なのだと思います。
 ただ現状では・・・私もそこまで詳しくないのですが・・・ビジネスとして採算性が低いような気はしますね。

突然のコメントで恐れ入りますが、
今後ともどうぞよろしくお願いします。
 

 
(June 06, 2007 21:10:53)

dqndoc1019:

>もちろん、介護保険制度に基づく介護サービス事業が
>現在の料率体系では、既にビジネスとしては
>全く採算が取れないという「構造的な破綻」を
>きたしていなければという前提がつく話ではありますが。

私見ですが、完全に構造的な破綻を来していると
考えます。

問題のグッドウィルでも、介護・医療部門は
営業利益を稼げないでいますし。

職業柄、中小の介護関係の事業所とも付き合いがあるのですが
どこも苦しい懐具合の中、ギリギリのところで
採算を成り立たせているようです。
現場で働いている人も、若いうちは良いのですが
厳しい肉体労働(なんですよ、本当に)を今後10年、20年と
続けていくことはできないと思います。
賃金の上昇は今のシステムではまず期待できませんし。
期待するとすれば外国人労働者導入による人件費の
抑制効果でしょうか。

さて、不謹慎を承知で言いますが、グッドウィルは
良いところで処分を受けたような気がします。
悪者になって打ちのめされ、泣く泣く介護業界から
手を引いた....そんな印象を持ったのですが、いかがでしょう?
(June 09, 2007 23:43:01)

dqndoc1019:

失礼いたしました。
最後の一文、訂正させてください。

悪者になって打ちのめされ、泣く泣く介護業界から
手を引いた....そんな印象を持たれたまま退場した方が
得策だと思うのですが、いかがでしょう?
(June 09, 2007 23:46:46)

cpainvestor:

グレゴリアン 様

 コメントありがとうございます。どうも私のブログのリピーター読者は、医療関係者が多いような気が致します。私や家族が病気になった時は、このブログで皆様に助けを呼びたいと思います(笑)。

 さて、ご指摘のように保険診療の世界は、厚生労働省の政策を反映した点数付けがかなりなされているようですね。私自身も先日、本業で初めて医療サービス関係の組織の調査を体験してそれを実感致しました。

 同じ施術をしても病院の規模によって料率単価が異なることから、「個人クリニック→地域中核病院→更に大規模な拠点病院」という形で患者を誘導しようという政策意図が見て取れました。介護の方はまだまだこれからといったところなのかもしれません。

 それから、日本でも民間格付けに近いものもあるようですね。かつて、少しの間、英国に滞在していたことがあるのですが、その際のステイ先の家族のホストマザーが、病院のCFOでした。もともと看護婦からMBAを取得してその地位まで登りつめたというちょと変わった経歴を持った方でしたが、話していてとても勉強になりました。
英国では毎年、システム化された病院の総合格付けがあるらしく、その格付けが来客数にももろに影響するようで、気を抜けないとのことでした。

 医療サービスの世界は、読者の方にもご専門が多いかと思いますので、もしこれをご覧になっている方で、お詳しい方がいらっしゃったら、多面的なコメントをお願いしたいと思います。

 各専門方面からの多面的なコメントがいただけるのが双方向コミュニケーションができるブログの良いところであることを実感する今日この頃です。

 皆様のコメント、歓迎しております。
(June 10, 2007 10:20:12)

グレゴリアン:

cpainvestor 様

 突然のコメントではありましたが、
 ご返答いただきありがとうございます。

 英国でのホストマザーさんのお話、驚きました!私にとっては理想的な経歴の持ち主です。自分のビジネスセンスを高められればと思い株式投資を始めたのですが、やはり世の中すごい人がたくさんおられますね。まだまだ私も勉強しなければ・・・。

 これに懲りずまたコメントさせてもらいたいなと思っております。どうぞよろしくお願いします。
(June 11, 2007 21:09:56)

cpainvestor:

 dqndoc1019様

コメントありがとうございます

確かに介護保険制度は、「既に構造的に破綻している」という論調もあるようです。

もともと、介護サービスは、上限価格が決まった典型的な労働集約産業で、経営の工夫の余地が限られる上、医療サービスと違って参入障壁もそれほど高くないわけですから、相当に工夫をしないと利益を上げるのは難しい事業の一つなのだとは思います。

ただ、私はまだまだ工夫の余地はあるようには思っています。一度時間があるときに、介護ビジネスについて、少し調べて書いてみたいと思っています。
(June 11, 2007 23:39:33)

dqndoc1019:

コメントありがとうございます。

>介護サービスは、上限価格が決まった典型的な
>労働集約産業で、経営の工夫の余地が限られる上
>医療サービスと違って参入障壁もそれほど高くないわけですから
>相当に工夫をしないと利益を上げるのは難しい事業の
>一つなのだとは思います。

そうですね。

実は、友人がコムスンの役員を一時期務めていたことがあり
「うちの会社の株買ってくれよ」
などと言われたことがあるもので(笑)、割高とは
思いながらグッドウィルグループの有報を読んだことがあります。

在宅介護に関しては去年の4月からの保険制度改正で
「儲からなくなったので、施設介護にシフトが必要だ」
とハッキリ書かれていました。
現場で働いている人を見ていると、それも当然のことのように思い、
コムスンも例外ではないのだなと頷いた覚えがあります。

実は、これは在宅介護だけに限りません。
ここ10年ほど、医療・介護の保険制度の改正があるたびに
 「こっちの水はあーまいぞ♪」
とばかりに、病院・事業所を特定の事業(ex.リハビリ、療養病床etc)に
引き寄せておいて、事業が軌道に乗り始めた2,3年後に
 「はい、次からはルール変えましたのでよろしく」
と梯子を外す、ということを厚生労働省は繰り返しているのです。

現場はその度毎に大混乱です。
疲弊感どころか厭世感も漂っている....ってのは言い過ぎか(笑)

今回、在宅介護はニチイ学館が、施設介護はワタミが
継承することになりそうですが、ニチイが一人で
貧乏くじを引いたような印象です。
ただし、ワタミも今後の保険制度改正次第では
貧乏くじを引かされることになるかもしれません。

結果的に、ブランドイメージの凋落と引き換えに
不採算事業を上手に切り離せたグッドウィルが
得をした可能性が高いというのが僕の感想です。

>一度時間があるときに、介護ビジネスについて
>少し調べて書いてみたいと思っています。

全く違った視点から見れば、何かbreakthroughが
見つかるかもしれませんね。
楽しみにしています。
(June 12, 2007 13:17:40)
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